「商標の横取り」
- ブランドのご利益
衣料品や時計、バック、装飾品などはブランドが重要ですね。
いくら「品質は同じ」と強調しても「ヤマグチ屋」と「グッチ」では競争になりません。
そんな商品を長く売ることで利益を上げている日本の商社A社が弊所のお客さんでした。
その場合、日本での商標権者はアメリカ人のB氏、その商標権について日本国内での使用する権利の許諾を受けているのが日本のA社、ということになります。
B氏はデザイナー出身で、名の通ったブランドまで育て上げた個人でしたが、日本のA社は毎年けっこうな額のロイヤリティをちゃんと送金していました。
- 商標権者が亡くなって
その米国でのB氏が高齢のためになくなりました。
すると日本での商標権者の名義を変更しなければなりません。
生存中ならばB氏に「譲渡証」にサインをしてもらえば簡単です。
しかし死亡した後になると相続の問題を解決しなければなりません。
B氏には合計3人の、息子さん、娘さんがいたそうです。
ところが彼らが遠く離れて住んでいるだけではなく、A社の情報によるとあまり仲が良くないようなのです。
それに我が家と違って相当な財産があったのでしょう。
いつまでも相続の解決がつかず、A社としてもロイヤリティの送金先が決まらない状態でした。
- 更新登録の時期が来た
そうは言っても、ある人の死亡と商標権をつなげて考えることはあまりないから、商標権者の死亡も普通はほとんど問題になりません。
ところがこの商標は更新登録申請の時期が迫っていました。
更新登録申請とは、10年ごとに申請することでいつまでも延長できる制度です。
有名ブランドは、例えば明治時代の商標がいまでも延長して存在しています。
ところでこの案件では、B氏の相続人が決まらないから、誰が更新登録の申請者になるか、が決まりません。
更新登録の申請する期限が迫っているのに。 - そこで提案
その様子を聞いて、同じ商標を、A社の名前で新しく出願をしてしまうことを提案しました。
しかしそれではB氏の商標の盗用です。海賊行為です。
輸出入の関係で、日本の輸入代理店が、海外の輸出先の商標を勝手に登録したらどうなるか?
その場合には「代理人の不正登録」という条文があり、せっかく登録してもそれは取り消されてしまいます。国際取引の信義に反する行為だからです。
このケースは商品の輸出入ではなくライセンスですが、ライセンサーB氏とライセンシーA社の信頼関係を大きく損ねてしまいますね。
では勝手に商標を出願しておいてどんな手当をしたらよいでしょう?
その場合には経過を十分に説明した手紙などを残しておきます
手紙では、ロイヤリティを正当な相続人に早く支払いたい、正当な相続人が決まり次第、商標権は相続人に返還します、ただし更新の時期までに相続人を決めてください、という点を明記しておきました。
- 更新はできなかった
本件の場合には上記のように利害関係が複雑だったために相続人が決まらず、A社からの数回の手紙にもなんらの応答がありませんでした。
そのために期限までに更新の申請はできず、後からA社の名前で出しなおした商標が登録されてしまいました。
ということは、もし第三者が出願していても登録されていた、ということになり危ない場面だったのです。
登録後も数回の問い合わせをしましたが、結局ナシのつぶてでした。 - 利益と法規のバランス
この場合に特許事務所が法規だけを守ってB氏の相続争いを指をくわえて待っていたらどうなったでしょう。せっかく確立したブランドの基礎となる商標権を他人に取られていたかもしれません。
しかし法規を無視して、お客さんのA社の利益だけを考えていたらどうでしょう。商標の不正取得による取り消し、というとA社の不名誉にもつながった可能性があります。
このように、特許事務所の仕事は常に両者のバランスを考慮することが要求されているのですね。