パロディ商標は許されるか? フランク三浦事件
フランク三浦事件
(平成27年(行ケ)第10219号 審決取消請求事件)
パロディ商標は許されるか?
フランク・ミュラーの時計 | フランク三浦の時計 |
(ただし、本件は時計の外観ではなく、下記の商標の争いです)
フランク・ミューラーの登録商標 | フランク三浦の登録商標 |
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フランク・ミューラー |
[争いの概要]:パロディ商標は有効な権利か?
安価な腕時計のブランドのひとつに、『フランク三浦』があります。
高級腕時計『フランク ミュラー』のパロディ商標を付した腕時計であり、芸能人やスポーツ選手にもファンが多くいるそうです。
そんな『フランク三浦』の商標がいったん登録されたのですが、その登録は認めるべきではない、と争われる事件が起こりました。
係争を起こしたのは、パロディの本家である『フランク ミュラー』の商標権者です。 一度登録された『フランク三浦』は、商標権として維持できるでしょうか。
[訴えたエフエム社]
パロディ商標の元になった商標の持主は、エフエムティーエム・ディストリビューション・リミテッド(以下「エフエム社」)という、腕時計の製造販売を行うスイスの企業です。
平成4年にブランド『フランク ミュラー』を立ち上げ、高級腕時計として世界的に知られるようになりました。
日本では、平成6年頃からカタカナや英文字の商標登録出願を行い、登録になりました。
フランク ミュラー(商標登録第4978655号) |
貴金属(「貴金属の合金」を含む。),宝飾品,身飾品(「カフスボタン」を含む。),宝玉及びその模造品,宝玉の原石,宝石,時計(「計時用具」を含む。) |
[訴えられたディンクス]
一方、パロディ商標の権利者である株式会社ディンクスは、腕時計の製造販売を行う日本の企業です。下は、その企業の「コンセプト」より。
平成22年頃から、インターネット上や店舗で、『フランク三浦』という日本語を横書きした腕時計を販売していました。
公式ホームページには、「シャレとお洒落がわかるハイセンスな人にオススメの『デザイン・ノリ・低価格』を追求したパロディーウォッチ」というキャッチコピーがあり、パロディ商品であることを特徴としています
そして、平成24年に『フランク三浦』を指定商品「時計」などとして商標登録出願し、登録になりました。
(商標登録第5517482号) |
第14類 時計、宝玉及びその原石並びに宝玉の模造品、 キーホルダー、身飾品 |
[審判では?]
エフエム社は平成27年、ディンクスに商標登録無効審判を請求しました。
(商標登録無効審判は、登録された商標を初めから存在しなかったことにするための審判です。)
特許庁は、ディンクスの商標『フランク三浦』は無効にすべきだと以下のように判断しました。
商標『フランク三浦』と商標『フランク ミュラー』とは、外観において相違があるものの、称呼及び観念において類似し、かつ、その指定商品は類似するものであるから、両商標は、類似するというのが相当である。 よって、商標『フランク三浦』は、商標法4条1項11号の無効理由に該当し、無効にすべきものである。 |
4条1項11号号に該当するとは、先に「フランクミュラー」が登録されており、「フランク三浦」はそれと類似しているではないか、という理由です。
[審決を取り消す訴訟]
これに対し、ディンクスは審決取消訴訟(特許庁の「無効にすべき」という判断を取り消すための訴訟)を提起しました。
両商標を並べてみます。
フランク・ミューラーの登録商標 | フランク三浦の登録商標 |
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フランク・ミューラー |
[1]ディンクスの主張
ディンクスは、『フランク三浦』は商標法4条1項11号に該当しない旨を下記のように主張しました。
- 観念で類似しない。
需要者は、『フランク ミュラー』というブランドの持つ世界的評価、高級感、精密性を少なくとも認識している。
だから『フランク ミュラー』というブランドが、それとは別に『フランク三浦』という名称を付け、拙い筆跡や誤字のある標章を用いるとは認識しない。
だから消費者は、『フランク三浦』が『フランク ミュラー』を意識した別の商標であること、そしてそのパロディ商標であることに同時に気付くものである。
したがって、『フランク三浦』と『フランク ミュラー』の観念は類似しない。
(下図のように、自ら「拙い筆跡」、「誤字」を反論の柱としています。)
- 外観が大きく違う。
また、『フランク三浦』と『フランク ミュラー』の外観の相違は大きく、両商標を需要者が見比べた場合、これらが同一の出所を想起させるとするのは困難である。 - ディンクスの結論。
したがって、『フランク三浦』と『フランク ミュラー』の外観は類似せず、『フランク三浦』が商標法4条1項11号に該当するとした審決の判断は誤りである。
[エフエム社の反論]
エフエム社は、ディンクスの主張に対し以下の反論を行いました。
- 時計の外観は酷似
ディンクスがエフエム社商品と外観が酷似した商品に『フランク三浦』を付して販売していること、及び、『フランク三浦』は『フランク ミュラー』を模倣したものであることに照らすと、『フランク三浦』を付したディンクス商品と、『フランク ミュラー』を付したエフエム社商品との間で関連付けが行われる。 - 組織的な関連性。
するとディンクスの商品がエフエム社と経済的、組織的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのように、その出所について混同を生ずるおそれがあることは否定できない。
したがって、『フランク三浦』と『フランク ミュラー』とは、観念において類似する。 - 称呼が類似
『フランク三浦』と『フランク ミュラー』と比較すると、『フランク三浦』の「ミ」「ウ」と『フランク ミュラー』の「ミュ」及び最後の長音の部分において称呼が異なるものの、「ミ」「ウ」が「ミュ」と近似すること、及び、語尾の長音は弱く聴取されることから、需要者は、これらの差異をもって、『フランク三浦』と『フランク ミュラー』を明瞭に判別できない。
したがって、『フランク三浦』と『フランク ミュラー』とは、称呼において類似する。 - エフエム社の結論
『フランク三浦』は、商標法4条1項11号に該当し、ディンクス商標を無効とする審決の判断に誤りはない。
〔高裁の判断〕
高裁はどのように判断したのでしょうか。
まず、商標同士が似ているか否かの判断基準を示しました。
- 判断の基準
商標の類否は、対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に、商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが、それには、そのような商品に使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり(全体的に考察)、しかも、その商品の取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断すべきである。(取り引きの実情)
[ディンクス商標の分析]
次に、ディンクスの商標を分析しました。
ディンクスの商標は、「フランク」の片仮名及び「三浦」(「浦」の漢字の右上の「、」を消去して成るものである。以下においても同様である。)の漢字を手書き風の同書、同大、等間隔に横書きして成るもので、外観視覚上、まとまりよく一体に表わされているものであって、その構成全体から「フランクミウラ」との称呼が自然に生じる。
そして、この称呼は冗長なものではなく、無理なく一連のものとして称呼し得るものであり、かつ、人物名を想起させるものであるから、「フランクミウラ」と一連の称呼が生じる。
[エフエム商標の分析]
次にエフエム社の商標も分析しました。
- 周知の商標である
エフエム社の商標は、ディンクス商標の商標登録出願時及び登録査定時においては、外国の高級ブランドとしての商品を表示するものとして、我が国においても、需要者の間に広く認識され、周知となっていたものと認められる。
- 生じる称呼と観念は
エフエム社の商標は、「フランク ミュラー」の片仮名を標準文字で書して成るものであり、その構成全体から『フランク ミュラー』との称呼が自然に生じる。
そして、エフエム社の商品としての観念が生じる。
標準文字のエフエム社商標
『フランク ミュラー』
その上で、両社の商標を比較しました。
商標『フランク三浦』と商標『フランク ミュラー』を対比すると、
- 称呼は似ている
「フランクミウラ」の称呼と「フランク ミュラー」の称呼は、第4音までのフ」「ラ」「ン」「ク」においては共通し、第5音目以降において、「ミ」及び「ラ」の音は共通することなどから、商標『フランク三浦』と商標『フランク ミュラー』は、称呼において類似する。 - 外観は似ていない
他方、『フランク三浦』は手書き風の片仮名及び漢字を組み合わせた構成から成るのに対し、『フランク ミュラー』は片仮名のみの構成から成るものであるから、『フランク三浦』と『フランク ミュラー』は、その外観において明確に区別し得る。 - 観念が似ていない
さらに、『フランク三浦』からは、「フランク三浦」との名ないしは名称を用いる日本人ないしは日本と関係を有する人物との観念が生じるのに対し、『フランク ミュラー』からは、外国の高級ブランドであるエフエム社の商品の観念が生じるから、両者は観念において大きく相違する。 - 称呼だけで購入しない
そして、『フランク三浦』および『フランク ミュラー』の指定商品において、専ら商標の称呼のみによって商標を識別し、商品の出所が判別される実情があることを認めるに足りる証拠はない。称呼だけを手がかりに購入はしないだろうという判断です。 - 結論
そうすると、『フランク三浦』は『フランク ミュラー』に類似するものということはできない。
また、エフエム社の反論についても言及しました。
エフエム社は、『フランク三浦』は、著名ブランドとしての「フランク ミュラー」の観念を想起させる場合がある。
だから、『フランク ミュラー』とは、観念において類似し、称呼においても類似するから、両者は類似の商標である、と主張している。
しかし商標『フランク三浦』は、その中に「三浦」という明らかに日本との関連を示す語が用いられており、かつ、その外観は、漢字を含んだ手書き風の文字から成るなど、外国の高級ブランドであるエフエム社の商品を示す商標『フランク ミュラー』とは出所として観念される主体が大きく異なるものであることなどに照らすと、『フランク三浦』に接した需要者は、飽くまで『フランク ミュラー』と称呼が類似するものの、別個の周知な商標として『フランク ミュラー』を連想するにすぎないのであって、『フランク三浦』がエフエム社の商品を表示すると認識するものとは認められないし、『フランク三浦』から『フランク ミュラー』と類似の観念が生じるものともいえない。
したがって、エフエム社の上記主張は採用することができない。
また、エフエム社は、ディンクス商品とエフエム社商品との間で関連付けが行われ、ディンクス商品がエフエム社と経済的、組織的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのように、その出所について混同を生ずるおそれがある旨を主張する。
しかし、『フランク三浦』と『フランク ミュラー』とでは観念や外観において大きな相違がある。
さらに価格を比較すると、エフエム社の商品は、多くが100万円を超える高級腕時計であるのに対し、ディンクスの商品は、その価格が4千円から6千円程度の低価格時計である。
それは、ディンクス代表者自身がインタビューにおいて、「ウチはとことんチープにいくのがコンセプトなので」と発言しているように、エフエム社の商品とはその指向性を全く異にするものであって、取引者や需要者が、双方の商品を混同するとは到底考えられないことなどに照らすと、両商標は類似するものとはいえない。
その結果、以下の結論を出しました。
「『フランク三浦』は商標法4条1項11号に該当する」とした審決の判断には誤りがあるから、ディンクス主張の取消事由1は理由がある。
この他、高裁は商標法4条1項10号、15号及び19号についての審決の判断も誤りだったと判断し、商標を無効とした特許庁の審決は取り消され、『フランク三浦』は存続することとなりました。
〔弊所の意見〕
パロディ商標は、エフエム社の主張にもあったように「経済的、組織的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのように、その出所について混同を生ずるおそれがある」として、登録が認められない、又は登録されても無効になるケースが多いです。
しかし、今回の場合は『フランク ミュラー』を付した時計と『フランク三浦』を付した時計の価格帯が全く違うという事実により、商標権が無効になることを免れました。
本家商標とパロディ商標を、消費者は間違えない、判断されたところに、この事件の意味があります。