立体商標「ランプシェード事件」(平成29年(ワ)22543号商標権侵害行為差止等請求事件)
[リプロダクトってなに?]
「リプロダクト」とは「あのデザイナーズ家具をお手頃価格で!」という商品です
この事件でいえば、意匠権(登録から20年)の存在しない家具のデザインを、模倣メーカーが模倣してお手頃価格で提供した家具です。
消費者なら、権利が消滅した商品を模倣してなにが悪いの?しかも大幅に安いならありがたいなあ、と感じますね。 しかし、本家のデザイナーさんとすると黙っちゃいられない、なにか手はないものか?
そこで出てきたのが「立体商標」でした。
[当事者は?]
原告はルイス・ポールセン・エイ/エス(以下「先行デザイナー」)という、照明器具の製造販売を行うデンマーク法人ですが、照明用器具のデザインでは昭和33年以来長年、世界中で高い評価を受けており、日本市場では昭和47年に販売を開始しました。そして販売開始後30年以上経過した、平成28年になって立体商標を取得しました。(商標登録第5825191号)
一方、被告は株式会社R&M・JaPan(以下「模倣者」)という、インテリア用品の輸入や販売を行う日本法人で照明器具を中国から輸入し、ウェブサイトを通じて販売していました。
そこで、先行デザイナーが取得した立体商標権に基づいて、模倣者が扱っていた照明器具についての差止請求及び損害賠償請求を求めたのがこの事件です。
[輸入業務の妨害ではないか]
前記のように昭和30年代から世界的に有名なランプシェードのデザインなので、日本で販売を開始した昭和47年の時点では意匠権は取得できなかった、万一取得していたとしても平成の初期には消滅していたでしょう。
模倣者は意匠権が存在しないことを知って模倣品の輸入販売に踏み切りました。
ところが先行デザイナーはその輸入の状況に気がついた、そして気がついた直後になって立体商標の出願を行い、登録になるやわずか3ヶ月後に訴えを起こしました。
こうした行為は、模倣者からすればその業務を妨害するための行為。公序良俗に反する立体商標の取得ではないか、という問題があります。
この点を裁判所は次のように判断しました。
ロングセラー商品であり,世界的に高い評価を受けている先行デザイナーのブランド価値を守るため,本人が,需要者の間で自らの業務に係る商品であることを表示するものとして認識されている商標について商標登録を行い,模倣者の模倣品の輸入差止めの申立て等を行ったものである。 これは何ら不当なことではない。 その他に公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標であると認めるに足りる証拠はないから、先行デザイナーの商標が公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標であるとはいえない。 また模倣者は,先行デザイナーが模倣者の商品の輸入差止め等の業務妨害を行うために立体商標を登録し,この訴えを起こしたのだから、本件裁判は権利の濫用に該当すると主張している。 しかし先行デザイナーの商標登録の目的が不正であるとはいえないことは前記のとおりだから、この訴訟が「権利の濫用」に該当するとはいえず、模倣者の主張を採用することはできない。 |
このような、自分の商品のブランド価値を守るために商標権を取得する戦略は、評価の高い商品については利用価値があります。特許権や意匠権が消滅しても、あきらめず「立体商標という手があった!」という意識が役に立つ場合も。
反対に模倣者にとっては、もはや意匠権が存在しないのだから、と安心はできない、という戒めにもなります。
[禁反言の法則に反するか?]
禁反言の法則とは、一度主張した内容を後になって翻してはならない、という考え方です。
「ラーメンをくれれば、蕎麦はあげるよ」と言ってラーメンを食べて、その後になって「やっぱり蕎麦も頂戴」といった主張です。子供のケンカじゃないのだから、そのような主張は認められません。
しかしこの法則と今回の立体商標の登録とどんな関係があるのでしょう?
実は先行デザイナーは,審査の段階で、拒絶理由から逃げるために指定商品の一部を削除する補正を行っていた、それが問題になりました。以下の通りです。
出願の際の指定商品 | 審査中で補正して限定した商品 |
---|---|
照明用器具及びその付属品,照明装置,電球類,白熱電球,ランプ用ガラス,ほた,ランプのかさ,天井灯,シャンデリア,蛍光灯,ガスランプ,石油ランプ | 「ランプシェード」だけに限定した (照明用器具などを削除している。削除部分は権利としては放棄したはず) |
模倣者はその補正に着目して主張しました。
うちの商品はランプシェードという傘単体ではなく、電球のついた「照明器具」である。
一方、先行デザイナーの商標は、「照明用器具」は放棄した商品。限定補正しておきながら、後になって、それも権利範囲だ、という主張は禁反言の法則に反する、というものです
その点を裁判所はどう判断したか?
[販売店などが重なる] ランプシェードとその完成品である照明用器具は販売店ないし販売場所,需要者が重なるだろう。 そして、ランプシェード(傘単体)に照明用器具以外の用途はない(必ず傘にはランプを取り付けて使用する)ことからすれば,ランプシェードと照明用器具は商品としての関連性が極めて強く,これらの商品に同一又は類似の商標が使用された場合に出所の混同を生ずるおそれは高いといえる。 したがって,「ランプシェード」と「照明用器具」である模倣者の商品は類似すると解するのが相当である。 [模倣者の主張に対して] 模倣者は、審査の過程において指定商品を「ランプシェード」と変更したことを挙げて,先行デザイナーの商標は照明用器具には及ばないと主張している。 しかしながら,上記のとおり,対象となる商品が指定商品に類似しているか否かは,(限定した補正の問題ではなく)これらの商品に同一又は類似の商標が使用された場合に、出所の混同を生ずるおそれがあるか否かの問題であって、模倣者の主張は採用することができない。 |
特許権の争いと違って、需要者の視点が大切な商標については、禁反言の法則よりも、需要者が商品の出所混同を生ずるかが重要であると判断しました。
[機能のみからなる商標か?]
別の論点ですが、たとえばボルトやナットのような商品は、機能がそのまま形状になるから、そのような商標は独占をさせない、という規定があります。(商品の機能を確保するために不可欠な立体的形状:商標法4条1項18号)
模倣者は、その点を次のように主張していました。
本件の商標、ランプシェードは、その構成全てが有機的に結合することによって,周辺の人の顔がはっきりと認識できる明るさを保ちつつ,光源のまぶしさによる不快感をほぼ完全に排除し,手元も必要十分に明るくすることができるという機能を確保するために「不可欠な立体的形状」である。だからこの商標は、そのような立体形状のみから構成される商標であって商標法4条1項18号の無効理由がある。 |
その論点を裁判所は次のように判断しました。
ランプシェードの形状は,シェードの枚数,形状,向き又はそれらの組合せなどにおいて複数の選択肢がある。 先行デザイナーの形状も、複数の選択肢があるランプシェードの形状の一つであり,上記機能を達成するためのランプシェードの構造が一つだけに限られることを認めるに足りる証拠はない。 |
先行デザイナーのランプシェードは多数の選択肢のひとつなのだから、商品の「機能確保に不可欠の形状のみからなる商標」とは言えないという判断でした。
[損害が発生しているか?]
模倣者の製品は「リプロダクト品」として、本家よりも大幅に安価でかつ、あちらが本家だということも強調して販売していました。だから、両者が競合することはなく、先行デザイナーに損害は発生していない、という理論です。その点を裁判所は以下のように判断しました
本件においては両者は、同種かつ同一の形状を有する商品を販売している。 だから,模倣者の商標権侵害行為がなかったならば先行デザイナーが利益を得られたであろうという事情があるはず。 本件において,同種かつ同一の形状を有し,その点を強調して販売する模倣者の商品は、先行デザイナーの商品の競合品であることは明らかであり模倣者の主張は採用することはできない。 |
[まとめ]
有名デザイナーの高価な家具と同じデザインの家具が安く販売されていたら、欲しくなってしまうかもしれません。
しかし、本件のように、本家の意匠権がなくとも、販売開始後に立体商標を取得している場合があり、商標権侵害で販売が差し止められるといった事態も起こりえます。リプロダクトのメーカーは注意が必要ですね。