他人の略称の知名度の基準は?(自由学園事件)
自由学園とは
まず、「自由学園」をご存知ですか?
学生ではない、一般の人である私やあなたがこの名称を知っているか否かもこの判決に関係するのですが。
ところで「学校法人自由学園」とは、女性の思想家として有名だった羽仁もと子とその夫の羽仁吉一によって大正10年(1921)に開設された学校です。
キリスト教精神を背景に、多くの仕事を生徒自身の手で行わせ、知識だけで人間の価値を決めない、という文部科学省の指導に拘束されない教育方針を貫いているということです。
商標「国際自由学園」が取られた
ところが平成10年になって「国際自由学園」という商標が、他人によって登録されてしまいました。
この商標権者の学校法人創志学園は昭和24年に創立された神戸市中央区に本部を置く学校法人です。それも、幼児教育から小学校・中学校・高等学校、専門学校、そして環太平洋大学までを有する教育創造集団として活動しています。
このように権利者は小さな学習塾などではありませんから、自ら使用する意思はあったのでは、と想定されます。
そうは言っても「自由学園」の文字が堂々と記載されています。そこで学校法人自由学園はこの商標を無効とする「無効審判」を請求して争いました。
高裁の判断は?
無効にする理由はなんでしょう。
「自由学園」とは、「学校法人自由学園」の著名な略称であり、商標「国際自由学園」はその著名な略称を含む商標だから、商標法4条1項8号の規定に反して登録されたものだ、という理由です。
ところが、審判では自由学園の負け、高裁でも自由学園の負けでした。この商標の登録を無効にできなかった、ということです。
その際の高裁の判断は次のようなものでした。
自由学園が大正10年に設立されたこと、設立以来、多くの書籍、新聞、雑誌、テレビなどでたびたび取り上げられたこと、その際に「自由学園」という略称が使われたことは認めました。(正式名称は「学校法人自由学園」)
それなら自由学園の勝ちでは?
そうはゆきませんでした。
確かに多くの記事などを存在するが、その記事などは誰を対象としたものか、が問題でした。その点を次のように判断しました。
これらの記事等の多くは、学校法人自由学園が、大正時代の日本を代表する先駆的な女性思想家である羽仁もと子及びその夫の吉一により、キリスト教精神、自由主義教育思想に基づく理想の教育を実現するために設立されたものであるという歴史的経緯や、その独自の教育理念、教育内容に関するものであり、また主として教育関係者等の知識人を対象とするものである。 学生、生徒、学校入学を志望する子女及び その者らの父母に向けられたものではない。 |
だからよく知られているとはいっても、それは知識人の間か、あるいは学生などに限って言えば都内付近であって、広い地域の学生や父兄には知られてはいない、というのです。
「自由学園」という略称は、その設立の歴史的経緯、教育の独創性により、教育関係者を始めとする知識人の間ではよく知られているということができる。 しかし、学生等との関係では、本件商標の商標登録出願の当時、東京都内及びその近郊において一定の知名度を有していたにすぎず、広範な地域において周知性を獲得するに至っていたと認めることはできない。 |
以上の背景を受けて高裁では次のような判決でした。
- 略称「自由学園」が、本件商標の指定役務の需要者である学生等との関係では、周知性を獲得するに至っていたとは認められないこと、
- 本件商標「国際自由学園」が学校の名称を表示する一体不可分の標章として称呼、観念されるものであること、
- これを考慮すると、本件商標に接する学生等(学生、生徒、志願者、父兄です)が、本件商標中の「自由学園」に注意を引かれ、本件商標が上告人の一定の知名度を有する略称を含む商標であると認識するとは認めることができない。
したがって、本件商標登録は、8号の規定に違反するものではない。
では最高裁は?
この判決に不服な学校法人自由学園は上告しました。
- まず8号の趣旨から
最高裁では商標法4条1項8号を確認しました。8号は次のように規定しています。
他人の肖像又は他人の氏名、名称、著名な略称等を含む商標は、その他人の承諾を得ているものを除き、商標登録を受けることができない。 |
そしてこの条文の趣旨を次のように強調しました。
この条文の趣旨は、法人等を含めた「人」の肖像、氏名、名称等に対する人格的利益を保護することにあると解される。 すなわち、人は自らの承諾なしにその氏名、名称等を商標に使われることがない利益を保護されているのである。 略称についても同様に保護に値すると考えられる。 そうすると、人の名称等の略称が8号にいう「著名な略称」に該当するか否かを判断するについても、常に問題とされた商標の指定商品又は指定役務の需要者のみを基準とすることは相当でなく、その略称が本人を指し示すものとして一般に受け入れられているか否かを基準として判断されるべきものということができる。 |
8号の趣旨がそうであるなら、商標の直接の需要者を基準にするのではなく、ビジネスマンのような一般の人々の間で知られているか否かを常に基準として判断すべき、というのですね。
- 本件の場合は
以上の趣旨を本件に当てはめて次のように判断しました。
事実関係によれば、学校法人自由学園は、その略称を教育及びこれに関連する役務に長期間にわたり使用し続け、その間、書籍、新聞等で度々取り上げられており、その略称は、教育関係者を始めとする知識人の間でよく知られているというのである。 これによれば略称は学校法人自由学園を指し示すものとして一般に受け入れられていたと解する余地もあるということができる。 そうであるとすれば、この略称が本件商標の指定役務の需要者である学生等の間で広く認識されていないことを主たる理由として本件商標登録が8号の規定に違反するものではないとした原審の判断には、8号の規定の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。 |
全国的にみれば学生の間であまり知られていないとしても、一般人によって知られていれば、「著名な略称」と言える、というのです。
こうして知財高裁に差し戻し、知財高裁では同様の判断をして学校法人自由学園の勝ちとなりました。
羽仁ご夫妻も喜んでおられるかも。