肉眼で見えるか見えないか?(コネクター接続端子事件)
[1]微小な部品の意匠出願
長さが1.3ミリ、幅が0.3ミリの部品の意匠が出願されました。どのくらいの大きさでしょう。
裁判所は「ほとんど髪の毛程度のワイヤ状」といっています。
実物は「コネクター接続端子」なのですが、そんな小さな部品が、意匠法上の「意匠」と言えるか?という争いになりました。
図面にすると大きくなりますが、髪の毛程度、と想像してください。
[2]意匠とは
意匠法では「意匠」を次のように定義しています。(2条1項)
意匠とは、物品の形状、模様、もしくは色彩、もしくはそれらの結合であって、視覚を通じて美感を起こさせるもの。
この定義から問題になるのは、「視覚を通じて」美観を起させるか?という点になります。
想像できるように、特許庁は次のように判断して登録を拒絶しました。
「意匠」といえるためには、全体の形態が肉眼によって認識できることが必要である。
その点この意匠はどうか? 横幅が0.15ミリであって、その形態の具体的な態様が肉眼で認識できないほど微小である。
すると法で定める「意匠」には該当しない。よって拒絶する。
[3]裁判での出願人の主張
上記の審査、審決の判断に不満の出願人は、裁判の段階では次のように反論しました。「法目的」まで出してくる格調高い反論はさすがですね。
- この部品の全体の形状は肉眼でも十分に認識可能な大きさであって、決して「微小」というものではない。
- この部品と同程度の小さい意匠がこれまでも、拒絶されずに多数が登録されている。
- 意匠法は「視覚によって」となっており、「肉眼による」とは規定していない。よって「肉眼による」と規定した審査基準は誤りである。
- 高精度の加工技術が進歩して物品が極小化している現在、保護対象を肉眼で認識できるものに限定することは、産業界の実情から遊離している。半導体のような極小部品の保護は日本の国際競争力強化につながる。
- 肉眼での認識に限定していると、意匠の創作を奨励して産業の発達に寄与する、という意匠法の目的に反する。
- 物品の分野によってはホームページやカタログに何十倍にも拡大した図面や写真を掲載して取引を行うことが通常行われている。その場合に「意匠」を肉眼で観察できるものに限定することは適当ではない。
[4]裁判所の判断
- 肉眼に限るか?
まず、「視覚を通じて」の語が、
a)肉眼によって認識できない物品は保護しない、という意味か、あるいは
b)対象物を拡大する道具を用いて認識できるものなら保護するという意味か、
意匠法からは必ずしも明らかではない、と認めました。
(メガネなどを用いる場合は、日常的に補助する道具だから「肉眼」に含める、としています。)
- 審査の基準は誤りだった
それを受けて判決では、特許庁の審査基準は誤りである、と判断しました。
というのはこれまでの審査基準では、「肉眼」によって認識することのできない形状等は「視覚を通じて美感を起こさせるもの」に当たらず、意匠登録を受けることができない、と一律に判断していたからです。
そうではなく、場合を分けて判断しなさい、というのです。 - 取引の実情を見よう
販売などに際して、現物又はサンプル品を拡大鏡等により観察したり、拡大写真や拡大図をカタログ、仕様書等に掲載するなどの方法によって、拡大して観察することが普通に行われている物品が存在します。
その場合には、その物品の形状等が「肉眼」によって認識することができないとしても「視覚を通じて美感を起こさせるもの」に当たると判断しよう、というのです。
判決では、「殊に、微小な物品についての成形技術、加工技術が発達し、精工な物品が製作され、取引されているという現代社会の実情に照らすと、意匠法による保護を及ぼす必要性は高い」とのことです。
これまで特許庁は、「取引の実情を考えずに、肉眼で認識不可能なものはすべて意匠法の保護対象としない」としていたもので、そうではない、取引の実情に沿って判断すべきだ、とされた点にこの判決の意味があります。
- では今回の「端子」は?
この基準を今回の端子の取り引きに当てはめました。
そして残念ながらこの「コネクター接続端子」の場合、売買に際して形状等を拡大して観察しているということはなされていない、と判断しました。
するとその端子の形状は「肉眼」によって認識することができると認められないのだから、意匠法によって保護される意匠には当たらない、という結論になりました。
審査基準に誤りがあった、しかし「登録できない」とする結論は特許庁の判断通り、ということでした。