意匠の類似と創作容易性の関係(可撓伸縮ホース事件)
[1]特許庁での争い
一般にこの事件の解説は最高裁の判決だけですね。まア受験用や暗記用にはそれでいいのでしょうが、あまり面白くないので、その前提になる高裁の判断(昭和41年(行ケ)第167号)を見てみましょう。
その高裁の判断には、その前提である特許庁での争いがあるのですが、そこでは本件意匠(登録207.720号)に無効審判が請求されました。
[2]争いの対象
本件意匠も引用意匠(登録146.834-1)も、透明ホースなのですが、そのホースの肉厚の内部に補強用の繊維が埋め込んであり、それが外部から見えるというホースです。
下に両者を示しますが、一般の需要者の目でみるか、あるいはデザイナーなどの供給者の目で見るかは別にして、似ているでしょうか。
[3]審判の判断
特許庁での審判では次のように判断しました。
- まず類似するか否かについてです
(1)両者は透明であり管肉内に介在させたメリヤス模様が表面に透かして見える点では一致する。
(2)しかし引用意匠にはらせん状に現れた隆起条が全くない。
(3)本件意匠では、このらせん状の隆起条が外観上で強く表れている。
(4)したがって全体として観察すれば類似した意匠と認めることはできない。 - 次に「創作が容易」か否かについてです
無効の主張の二つ目として、らせん状に隆起条を表した可撓伸縮ホースは従来から公知であった、という証拠を出しました。
例えば下図のようなホースだと思われます。(下図はイメージです)
このように、(1)らせん状の隆起を表したホースが従来から公知であり、一方(2)管体を透明にして管肉内にメリヤス網を外部から透けて見えるようにした引用意匠が公知である。
そうだとすれば、本件意匠は両者から容易に創作できる意匠だ、だから無効だと主張したのです。
(1)+(2)ですね。
それに対して特許庁では、そうであっても、本件意匠はいずれにも相違する一つのまとまった意匠を構成し、意匠的効果を異にしている。
だから、両者に基づいて容易に創作できるものではない、と判断しました。
したがって、無効とする請求は認められない、という特許庁の結論です。
[4]高裁での争い
ここから高裁です。
- 類似するか否か
この点、高裁では次のように判断しました。
まず引用意匠と本件意匠の比較です。
両者は、ホースの管肉内に介在させたメリヤス網目模様が表面に透かして見えるという点では共通するが、本件意匠には隆起した螺旋状筋条があるのに反し、引用意匠には全くこれがないことが異なる、と。
そのため本件意匠は、隆起した螺旋状筋条と、その間が低く沈んだ網目模様が斜縞をなし、両者が長手方向に沿って交互に現出し、そのコントラスト(対比)とリピート(繰返し)により看者の視覚を通じて美感を与えるものであり、引用意匠および前記の可撓性伸縮ホースのいずれとも全く異なつた意匠的効果を有する。
したがつて、登録意匠が二者と類似の意匠であるという審判請求人の主張は採用できない、というものでした。
- 創作が容易か否か
次に、これが最高裁で問題になるのですが、本件意匠が、引用意匠と公知のホースに基づいて容易に創作することができた意匠であるか否かを検討しました。
まず、
(1)意匠法第3条第1項は、同一または類似の物品の公知意匠との関係で創作性を欠く意匠の登録を防止する規定であることを確認しました。
それに対して、
(2)同条第2項は、同一または類似の物品以外の物品と一体をなした周知の意匠あるいは周知の形状、模様などの関係で創作性のない意匠、すなわちいわゆる「転用意匠」の登録を防止しようとするものである、と確認しました。
(転用意匠の例として自由の女神の像をかたどったラジオ受信機をあげています)
したがつて、同一分野の物品(この場合はホース)の関係において本件意匠が登録要件を備えるかどうかを判断するには、もつぱら同条第1項(公知)によるべきであって、同条第2項(創作が容易)の適用はないものと解するのが相当である、としました。
そうであると、本件意匠が同条第1項に該当するものでない(類似しない)のだから、同条第2項(創作が容易)に該当すると主張してその登録を争う原告の主張は、認められない、と判断したのです。
[5]最高裁の判断
ところが最高裁では、(1)類似の判断の方は認めましたが、しかし(2)創作容易性の部分の判断を否定したのです。
すなわち「同一又は類似の物品の意匠については意匠法3条2項の適用の余地がない」とした高裁の判断は同条の解釈を誤った違法があると。
3条1項3号に規定する類似意匠であっても、同時に3条2項に規定する創作非容易性を欠く意匠に該当する場合もある、と明確にしました。
その理由は?
- 3条1項は
意匠法3条1項を根拠に登録を拒絶するためには、意匠にかかる物品が引用意匠にかかる物品と同一又は類似であり、かつ、意匠自体も同一又は類似であることが認められなければならない。 - 3条2項は
これに対し、同条2項は、物品との関係を離れた抽象的なモチーフの結びつく物品の異同類否はなんら問題とされていない。 - 両者の関係は
そこで1項3号と同条2項との関係をみると、
(1)3号は意匠権の効力が、登録意匠にかかる物品と同一又は類似の物品につき一般需要者に対して登録意匠と類似の美感を生ぜしめる意匠にも及ぶものとされている(法23条)ところから、物品の意匠について一般需要者の立場からみた美感の類否を問題とするものである。
それに対し、
(2)同条2項は、物品の同一又は類似という制限をはずし、社会的に広く知られたモチーフを基準として、当業者の立場からみた意匠の着想の新しさや独創性を問題とするものであって、両者は考え方の基礎を異にする規定である。 - 両者の判断は一致しない場合も
したがって、同一又は類似の物品に関する意匠相互間においても、同条1項3号の「類似性の判断」と、同条2項の「創作容易性の判断」とは必ずしも一致するものではない。
そうであると、類似する意匠でも同条2項の創作容易性が認められる場合があると同時に、類似する意匠とはいえないが、同条2項の創作容易性は認められるという場合もありうる。
(もっとも前者の場合には、同条2項かっこ書きにより同条1項3号の規定のみを適用して登録を拒絶すれば足りる、としています。) - まとめ
してみると、以上の最高裁の判断と異なった、「同一又は類似の物品の意匠については同条2項を適用する余地がない」とした高裁の判断には、同条の解釈を誤つた違法があるというべき、という結論でした。
以上の「同一又は類似の物品の意匠については同条2項を適用する余地がない」とした判断が「違法である」とする点が多くの判決に引用され、さらには法改正(意匠法24条2項)にも影響を与えています。
[6]本件の場合は
そうは言っても本件の場合には、本件意匠が引用意匠及び公知のホースとは全く異なつた意匠的効果を有するのだから、本件意匠が法3条2項に該当するとの上告人の主張は理由がなく、高裁の判断は、その結論において正当というべきである、として、本件意匠は無効とはならない、という結論は変わりませんでした。