かに道楽事件 ~動きのある看板は、企業の目印となるか~
[「動くかに看板」をめぐる争い]
都市圏の飲食店街で必ずと言っていいほど見かける、かにの足が動く看板。
「動くかに看板」といえば、『かに道楽』を連想する人も多いでしょう。
そんな『かに道楽』の、「動くかに看板」について、不正競争防止法の訴訟が起こったことをご存知でしょうか。
『かに道楽』と無関係の第三者が、「動くかに看板」を模倣して営業を行ったことが、訴訟の発端です。
模倣した看板による営業をやめさせるためには、「動くかに看板」が不競法にいう「商品等表示」に該当することが前提となります。
「商品等表示」とは、ある特定の企業などを示す目印となるもの(商号やロゴマークなど)をいいます。
果たして「商品等表示」となりえるのでしょうか。
[事件の経緯]
訴えを提起したのは、株式会社かに道楽(以下、かに道楽)です。
昭和46年から、かに料理の専門店『かに道楽』をチェーン展開しています。
店舗正面に、「動くかに看板」を掲げるのが特徴です。
訴えられたのは、株式会社かに将軍(以下、かに将軍)です。
昭和47年、かに将軍は店舗に「動くかに看板」を掲げ、『かに将軍』をチェーン展開するようになりました。
当時、すでに『かに道楽』は有名でした。
かに道楽はかに将軍に対し、不正競争防止法2条1項2号の行為(著名な「商品等表示」を模倣して営業を行うこと)に該当するとして、「動くかに看板」の使用差止を求めました。
[かに道楽の主張とかに道楽の反論]
かに道楽は第一に、自社の「動くかに看板」は、かに道楽の「商品等表示」に該当する旨を主張しました。
かに道楽の「動くかに看板」は、看板としてかにを誇張、巨大化し、動くはずのないゆでがにのハサミ、肢、目をユーモラスに動かすところに大きな特徴がある。
このような「動くかに看板」を店頭に掲げたのは、我が国で『かに道楽』が最初であり、その考案は奇抜性があり、他に類を見ないものである。
かに道楽は、独創性を有する大きな「動くかに看板」を、自己の営業を示すものとして一貫して使用し、幅広い地域にわたってテレビ、ラジオ、新聞、その他により広告宣伝活動を行ってきた。
その結果、「動くかに看板」は、『かに道楽』を表す営業表示として、大阪、名古屋はもとより、全国的に著名なものとなった。
上記の主張に対し、かに将軍は反論しました。
「動くかに看板」は独創性がなく、かに道楽の「商品等表示」に該当しないとの主張です。
かに道楽は、「動くかに看板」は独創的で、かに道楽の営業表示として周知であると主張する。
しかし、かに道楽の「動くかに看板」の動きは、一般顧客の目から見て特殊な印象を与えるようなものではないし、ゆでがにの色彩の松葉がにを動かすという発想も平凡なアイデアにすぎない。
したがつて、かに道楽の「動くかに看板」はなんら独創性がなく、「かに料理専門店」を表示するものにすぎない。
かに道楽は第二に、かに将軍が「動くかに看板」を使用すると、需要者がどちらの店か混同する恐れがある旨を主張しました。
かに将軍による「動くかに看板」の使用は、一般顧客を『かに道楽』のそれと誤認混同させるものであり、現に誤認混同を生じた事例が数多くある。
かに将軍は、かに道楽の「動くかに看板」を意図的に模倣し、かに将軍がかに道楽の「動くかに看板」の著名表示を不当に冒用し、かに道楽が長年にわたって築きあげた取引上の名声及び信用を自己のために利用しようという悪質な意図を有することは明白である。
上記の主張に対し、かに将軍は「かに道楽の主張は争う(需要者がどちらの店か混同する恐れはない)」と否認しました。
[地裁の判断]
地裁はどのように判断したのでしょうか。
第一の論点については、かに道楽の「動くかに看板」は、かに道楽の「商品等表示」に該当すると判断しました。
かに将軍は、かに道楽の「動くかに看板」はなんら独創性がなく、「かに料理専門店」を表示するにすぎず、『かに道楽』の営業表示としての識別性を有しない旨主張する。
しかし、「動くかに看板」は、顧客にアピールするように、その動きを生きた「かに」の実際の動きとは異なるものにしてあり、肢と甲羅の大きさの比率や甲羅のいぼの大きさを誇張するなど、天然のかにそのままではなく独自の工夫を加えたものであることが認められる。
このような看板は現在でも、かに料理専門店で一般に使われているものではない。
したがって、かに道楽の「動くかに看板」は、不正競争防止法一条一項二号所定の「他人ノ営業タルコトヲ示ス表示」としての識別性を有し、商品等表示に該当する。
第二の論点については、かに将軍が「動くかに看板」を使用すると、需要者がどちらの店か混同する恐れありと判断しました。
かに将軍は「動くかに看板」について、かに道楽との誤認混同のおそれはない旨主張する。
しかし、かに将軍が四店舗を開店する前から、「動くかに看板」はかに道楽の営業表示として周知であり、強力な顧客吸引力を有している。
一般の利用客の中には、かに将軍各店舗の屋上の看板の『かに将軍』の文字よりも、むしろ店舗正面に掲げられた「動くかに看板」の方に注意を惹きつけられる者が多い。
たとえ各店舗が『かに将軍』という商号であると認識しても、同じく「動くかに看板」を掲げた『かに道楽』と営業上なんらかの密接な関係があるのではないかと、混同するおそれがある。
以上のことから、地裁はかに道楽の「動くかに看板」が、不競法上の「商品等表示」に該当すると判断しました。
また、かに将軍が「動くかに看板」を使用することで、営業する企業の混同を生じさせると認めました。
地裁はかに将軍に対し、「動くかに看板」の使用差し止め(かにの足を動かすことの禁止)を言い渡しました。
[弊所の見解]
「動くかに看板」は、不競法にいう「商品等表示」に該当すると判断されました。
特徴ある看板そのものだけでなく、動きも含めて「企業の目印」となった、ユニークな判例です。
以上
解説 弁理士山口明希