マリカー事件 ~ゲームの名称は「商品等表示」となりえるか~

出典 : https://www.flickr.com/

[人気を博したゴーカートのツアー、しかし……]
都心や観光地で、着ぐるみを着てゴーカートに乗る人々を見かけたことがある方も多いのではないでしょうか。
このゴーカートのツアーは「マリカー」という名称で知られ、訪日外国人客に人気がありました。
しかし、モチーフとなったゲームソフトの企業がその事業に対し「不正競争に該当し、かつ著作権侵害である」として、訴える事態が発生しました。


[事件の経緯]
訴えを提起したのは、任天堂株式会社です。

任天堂のゲームカタログより
任天堂はゲームソフト「マリオカート」シリーズを平成4年より、20年以上に渡って販売しています。
一方、訴えられたのは、株式会社マリカーという、自動車のレンタル等を行う企業です。
設立時である平成27年6月4日から平成28年6月23日までの間、屋号「マリカー」を使用し公道カートのレンタル事業を営んでいました。
レンタル事業の内容は、利用者に「マリオカート」のキャラクターの衣装を着用してもらいゴーカートを公道で走らせる、といったものです。
また、レンタル事業で使用していた公道カートの前部・側面に、「MariCar」の文字を付けていました。
さらに、マリカーは平成27年5月13日、文字「マリカー」について「自動車の貸与」を指定役務とする商標登録出願を行い、平成28年6月24日に登録となりました。

マリカーの登録商標(5860284-1111)

このようにマリカー側はちゃんと商標を登録しておいた、それにもかかわらず、平成29年2月24日、任天堂はマリカーに対し、不正競争法及び著作権法に基づき、事業の差止及び事業を行ったことによる損害の賠償を請求しました。

ここでは、不正競争防止法(同法2条1項1号又は2号)で争われた論点に注目します。
重要な争点は、「(1)『マリカー』という名称は、任天堂の商品等表示といえるか」「(2)株式会社マリカーが『マリカー』を使用して事業を行うことは、不正競争に該当するか」の2点です。

任天堂のNintendo Switch用ソフト「マリオカート ライブ ホームサーキット


[任天堂の主張]
任天堂は、以下の主張を行いました。
1)「商品等表示」か?

任天堂の文字表示のうち「マリオカート」は,任天堂が開発販売する著名なゲーム作品である「マリオ」シリーズに登場する「マリオ」をはじめとするキャラクターがカートレースを繰り広げるアクションレースゲームの名称である。
同ゲームシリーズは平成4年8月27日に第一作目が発売されて以降, 平成28年12月末日時点でシリーズ合計8作の全世界での累計販売本数は1億1000万本を超え,世界有数のゲームシリーズである。
その上,任天堂によるライセンス商品の広告・宣伝及び販売並びにコラボレーション活動を通じて,非常に高度な知名度を獲得した。
また,任天堂の文字表示のうち「マリカー」は,「マリオカート」を「マリオ」と「カート」の二単語に分け,それぞれの冒頭の二文字を切り出し,再度結合して作られた「マリオカート」の略称であり,遅くとも平成8年頃から現在に至るまで,様々なメディア(ゲーム雑誌,テレビ番組,漫画作品等)や多数のユーザーにおいて広く一般に使用されている。
したがって,文字表示「マリオカート」及びその略称である文字表示「マリカー」は,任天堂の周知かつ著名な商品等表示である。

「マリカー」という名称は、任天堂の商品等表示であると主張しています。

2)混同を生じるか?
その上で、混同が生じるとして、

マリカーの営む本件レンタル事業は,需要者から「マリオカート」を公道上においてリアルに体験するものであると評価されており,同事業の平均的な需要者は,マリカーが,任天堂の関連会社であるか,任天堂との間に知的財産権に関するライセンスを受けるといった緊密な営業上の関係,その他の同一の商品化事業を営むグループに属する関係が存在していると理解することは確実である。
だから,マリカーによる標章「マリカー」の使用行為は,「他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」に該当する。

マリカーのレンタル事業は任天堂と関係あると誤解させる、つまり不正競争に該当する、と主張します。


[マリカーの反論]
これに対し、マリカーは以下の反論を行いました。
1)「商品等表示」ではない。

本件レンタル事業の需要者は,外国人旅行者,在日米軍関係者又は在日大使館員などの訪日外国人であるところ,任天堂は,文字表示「マリオカート」及び「マリカー」が訪日外国人において周知かつ著名であることについての主張立証を行っていない。
任天堂が文字表示「マリカー」の周知性・著名性の根拠として提出する証拠は,すべて日本語で表記された日本人向けメディアによるものであり,訪日外国人についてこれを立証する証拠はない。
また,「マリカー」の欧文字は「MariKar」又は「MariKa」となるところ,これらの文字列について,インターネットの検索エンジンで検索しても「マリオカート」に関するウェブサイトは一切表示されないのであるから,片仮名表示による「マリカー」表示が訪日外国人にとって周知かつ著名といえるはずがない。
このことは,訪日外国人に対するアンケート調査において,「マリカー」の片仮名の表示を任天堂のビデオゲームソフトの名前として認知している者の割合がわずか0.4%(228名中1人)にすぎなかったことからも明らかである。

ゲームソフトの名称として「マリカー」は、在日の外国人にとっては有名ではない、つまり任天堂の商品等表示といえない、という論旨です。

[打ち消し表示の存在]
さらに打ち消し表示については、

マリカーのウェブサイト上に,英語,フランス語,中国語,韓国語及び日本語で,「ゲーム『マリオカート』(Mario Kart)とは全くの別物です」という趣旨の記載がされており,本件レンタル事業と任天堂とは一切関係がないことが明示的かつ対外的に示されているのであるから,将来的にも混同のおそれが生じる可能性はない。

任天堂のゲームと混同を生じさせないようにしているため、マリカーが標章「マリカー」を使用して事業を行うことは、不正競争に該当しない、と主張しています。


[地裁の判断]
両者の主張に対して地裁はどのように判断したのでしょうか。

1)任天堂の商品表示か?
まずは、「(1)『マリカー』という名称は、任天堂の商品等表示といえるか」について、以下のように判断しました。

任天堂の文字表示である「マリカー」の周知性について検討する。
「マリカー」は、「マリオカート」の略称として使用されている表示である。
「マリオカート」は、任天堂が平成4年から順次発売したゲームシリーズの名称である。
そして、「マリオカート」のゲームシリーズは、累計出荷本数が相当数に及ぶほか、歴代の出荷本数ランキングにも複数の作品が入り、人気ゲームとして雑誌に取り上げられたり、人気ゲームのランキングにも入ったりするなどし、複数のライセンス商品が販売され、テレビコマーシャルも相当数放送されたことなどから、人気ゲームシリーズとして、日本全国のゲームに関心を有する者の間で相当に広く知られていたといえる。

また、「マリカー」は、①ゲームソフト「マリオカート」の略称として、遅くとも平成8年頃には、ゲーム雑誌において使用されていて、②少なくとも平成22年頃には、ゲームとは関係性の薄い漫画作品においても何らの注釈を付することなく使用されることがあったこと、③株式会社マリカーが設立される前日である平成27年6月3日には、その一日をとってみても、「マリオカート」を「マリカー」との略称で表現するツイートが600以上投稿されたことが認められる。

さらに、株式会社マリカーの設立後においても、テレビ番組においてタレントが、子供の頃から任天堂のゲームシリーズである「マリオカート」の略称として「マリカー」を使用していたと発言し、本件訴訟提起に係る報道が出された後には、複数の一般人から、株式会社マリカーの「マリカー」が任天堂のゲームシリーズ「マリオカート」を意味するにもかかわらず、任天堂から許可を得ていなかったことに驚く内容の投稿がされた事実が認められる。

これらの事実からすると、任天堂の文字表示「マリカー」は、広く知られていたゲームシリーズである「マリオカート」を意味する任天堂の商品等表示として、遅くとも平成22年頃には、日本全国のゲームに関心を有する者の間で、広く知られていたということができる。
そして、日本においてゲームに関心を有する層は相当広範囲にわたっていることは明らかであり、観光の体験等で公道カートを運転してみたい一般人も含まれ、任天堂の文字表示「マリカー」は、日本全国の本件レンタル事業の需要者において広く知られていたと認めることができる。

マリカーという名称は、任天堂の商品等表示といえる、という論意です。

2)不正競争か?
続いて、「(2)株式会社マリカーが『マリカー』を使用して事業を行うことは、不正競争に該当するか」について、以下のように判断しました。

任天堂の業務に係る商品はゲームソフトであるのに対し,標章「マリカー」の付された役務は公道カートのレンタルである。
しかし,映画やゲームといった二次元の世界をテーマパーク等において現実のアトラクションとして再現し集客するビジネスが数多く存在し,実際,任天堂においてもそのようなテーマパークの展開を計画しているとの報道発表がされている上,本件レンタル業務は,キャラクターがカートに乗車して走行するゲームシリーズ「マリオカート」に登場するキャラクターのコスチュームを利用者が着用するなどして公道カートを運転するものであるから,両者の商品ないし役務の間には強い関連性が認められる。

これらの事情からすれば,本件レンタル事業において使用された場合,標章「マリカー」は,前記のとおり周知性が認められる任天堂の文字表示「マリカー」と類似している上,両者の商品ないし役務の間には強い関連性が認められるから,これに接した日本全国の需要者に対し,任天堂の文字表示「マリカー」を連想させ,その営業が任天堂又は任天堂と関係があると誤信させると認められる。

なお,実際に,本件訴訟提起に係る報道が出された後には,複数の者から,Twitterに,株式会社マリカーが任天堂の系列会社か関連会社である,あるいは本件レンタル事業が少なくとも許可を得て行われていると誤解していた旨の投稿がされており,これらは前記認定を裏付けるといえる。

マリカーが「マリカー」を公道カートのレンタルに使用すると、任天堂の事業と混同を生じさせる、不正競争になるという論旨です。

3)マリカーの反論に対して。
地裁は、マリカーの反論についても判断しました。

マリカーは,同事業の需要者は訪日外国人(外国人旅行者,在日米軍関係者又は在日大使館員等)であり,任天堂の文字表示「マリカー」は訪日外国人に周知ではないと主張して株式会社マリカーの標章「マリカー」に接した需要者の混同のおそれを否定し,利用者に実施したアンケートの集計結果等を根拠に,本件レンタル事業の利用者の約95%は訪日外国人であると主張する。

しかしながら,上記集計結果は,平成29年2月から4月頃までの3か月の間に品川店及び渋谷店の利用者に記入させたものであり,本件レンタル事業を営む複数の店舗のうちの一部における短期間の任意のアンケートの結果であるほか,上記アンケートにおいても人数的には相当数の日本人が利用者としてアンケートに答えていることが示されているだけでなく,前記アで認定したとおり,本件レンタル事業においては,その宣伝のために日本語による複数のウェブサイトが開設され,日本語のチラシやアンケートが使用されているのであって,本件レンタル事業の需要者には日本語を解する者が含まれる。

それら日本語を解する需要者について混同のおそれが認められるにもかかわらず,マリカーの行為が全て不正競争行為に該当しないとすることは相当でない。
マリカーの主張は,本件における需要者として日本語を解する者が含まれないことを前提とする点においては採用することができない。

また,マリカーは,本件レンタル事業に係るウェブサイトや公道カートの車体等に,本件レンタル事業とゲーム「マリオカート」とは関連がない旨の打ち消し表示を付したから,混同のおそれは生じないと主張する。

しかしながら,前記のとおり,標章「マリカー」は,任天堂の文字表示と同一のものである。
他方,標章「マリカー」は,商号,チラシ,ウェブサイト,公道カートの車体,ロゴ等の様々な態様で使用され,ウェブサイトにおいても様々な画面で使用されていること,標章「マリカー」が前記で認定した打ち消し表示と常に一体として使用されるとは限らないものであることなどの事情がある。
これらを考慮すると,標章「マリカー」の使用によって任天堂又は任天堂と関係があるとの混同のおそれが生じなくなるということはできない。
また,公道カートの車体に表示された打ち消し表示の文字は,停車中のカートに近寄って見なければ判読できない程度に小さいから,本件レンタル事業の利用者に対する効果も確実とは言い難い上,同カートを公道上で目撃する需要者が直ちに認識できるものではない。マリカーの主張は採用することができない。

マリカーの反論は採用できない、との判断に至りました。

4)結論。
上記を踏まえて、地裁は以下の結論を出しました。

マリカーの標章「マリカー」は,
・本件レンタル事業において使用された場合,周知性が認められる任天堂の文字表示「マリカー」と類似している。
・両者の商品ないし役務の間には強い関連性が認められる。
・そのため、これに接した日本全国の需要者に対し,任天堂の文字表示「マリカー」を連想させ,その営業が任天堂又は任天堂と関係があると誤信させると認められる。

この他、マリカーが登録商標「マリカー」があると主張することは権利の濫用に当たるから不適切である、「マリオカート」のキャラクターの衣装を貸し出すことも不正競争である、といったことが認められました。
マリカーは、文字表示「マリカー」を事業で使用することを禁じられ、1000万円を超える損害賠償金を任天堂に支払うよう命じられることとなりました。


[弊所の見解]
この事件では、ゲームの名称は不正競争法2条1項1号及び2号の「商品等表示」に該当する場合があることが明確になりました。
「たかがゲームの名称」と思い無許可でビジネスを行うと、商標を登録していたとしても不正競争となり痛手を負うことが分かる判例です。