店舗デザインは「商品等表示」か(コメダ珈琲事件)

訴えたコメダ珈琲訴えられたマサキ珈琲
これが「酷似している」だって? そんなバカな!
(「酷似」とは、区別がつかないくらいよく似ていること)

日本の各地には、独自の食文化があります。
例えば、コーヒーとゆで卵やトーストがセットになった「モーニング」は、名古屋市の喫茶店メニューとして有名です。
「モーニング」のある名古屋市発祥の喫茶店といえば、「コメダ珈琲」が代表的な存在と言えます。

そんな「コメダ珈琲」が、店舗の外装を第三者に模倣される事件が起こりました。
「コメダ珈琲」を経営する株式会社コメダは、真似をした相手に対し、「コメダ珈琲」の店舗デザインを模倣した建物の使用禁止を求め、仮処分を提訴しました。
その際、「コメダ珈琲」の店舗デザインが不正競争防止法にいう「商品等表示」なのかが争われたのです。


[事件の経緯]
店舗デザインを真似したのは、株式会社ミノスケという、外食産業を営む会社です。
ミノスケは平成25年2月頃、「コメダ珈琲」のフランチャイジーとして、和歌山市内に喫茶店を出店したいとコメダに伝えました。
しかし当時、和歌山県下において既に別の会社が、コメダのフランチャイジーとして営業していました。
コメダは既に営業中の会社を優先するため、ミノスケとの契約を断りました。
断られたミノスケは、平成26年8月から、「マサキ珈琲」1号店を経営し始めました。
「マサキ珈琲」が開店するや否や、コメダには「『マサキ珈琲』は系列店なのか」といった問合せが多数寄せられました。


[コメダ珈琲の外装]
両者の店舗デザイン(外装)は、以下の通りです。 まずコメダの岩出店の外装です。

この建物の基本は「ポストアンドビーム」と言って、柱(ポスト)と梁(ビーム)をあえて表面に出し、しかも柱も梁も濃い色彩で着色して、デザイン的に訴える建築物です。
柱と梁で囲まれた空間を、それより薄い色彩の土壁で埋めています。
また二階の中央には小窓を配置して、それもデザインとなっています。


[マサキ珈琲の外装]
対するマサキ珈琲の中島本店の外装です。

基本的にポストアンドビーム工法ではないですね。柱や梁は、壁板の裏に隠してあります。
正面の中央の大きなでっぱりの両袖が後退し、その後退部分に設けた小窓がデザインとなっています。中央の大きな窓と、その左右の小さな窓の組み合わせです。
壁の左右端には、鉛直方向に積み上げたレンガ壁で縁取りがしてあります。

[商品等の表示か?]
ミノスケの行為が、コメダにとって不正競争に該当するためには、まず店舗デザインが「商品等表示」に該当しなければなりません。
地裁は、前提として以下のように判断しています。

店舗の外観(店舗の外装,店内構造及び内装)は,通常それ自体は営業主体を識別させること(営業の出所の表示)を目的として選択されるものではない。
しかし場合によっては営業主体の店舗イメージを具現することを一つの目的として選択されることがある。たとえば、
・店舗の外観が客観的に他の同種店舗の外観とは異なる顕著な特徴を有している場合
・当該外観が特定の事業者によって継続的・独占的に使用された期間の長さや,当該外観を含む営業の態様等に関する宣伝の状況などに照らし,需要者において当該外観を有する店舗における営業が特定の事業者の出所を表示するものとして広く認識されるに至ったと認められる場合。
・その場合には,店舗の外観全体が特定の営業主体を識別する(出所を表示する)営業表示性を獲得し,不競法2条1項1号及び2号にいう「商品等表示」に該当するというべきである。

この判断は、店舗デザインは必ずしも「商品等表示」に該当しないが、一定の条件
①店舗デザインが顕著な特徴を有していること、
②その店舗デザインがその事業者のものとして需要者に広く認識されていること)を満たした場合は「商品等表示」に該当する、ということです。


[コメダデザインの顕著な特徴はどこに]
地裁は、まず「①店舗デザインが顕著な特徴を有していること」について次のように判断しました。

「コメダ珈琲」の店舗デザインは,特徴が組み合わさることによって一つの店舗建物の外観としての一体性が観念でき,統一的な視覚的印象を形成しているということができる。
これら多数の特徴が全て組み合わさった外観は,建築技術上の機能や効用のみから採用されたものとは到底いえず,むしろ,コメダ珈琲店の標準的な郊外型店舗の店舗イメージとして,来店客が家庭のリビングルームのようにくつろげる柔らかい空間というイメージを具現することを目して選択されたものといえる。(この部分は外観の特徴ではなく内装の問題ですね)
よって、コメダデザインは,客観的に他の同種店舗の外観とは異なる顕著な特徴を有しているというべきである。


[両者の比較]
地裁は、「コメダ珈琲」の外装のうち、以下の部分を「顕著な特徴」と認め、両者のデザインは「酷似」していると判断しました。

以下の店を見ると余りに多くの視覚的特徴が同一又は類似していることから、両方の外観が全体として酷似していることは明らかである。
・ライン飾り(化粧板)の形状及びデザイン,
・出窓レンガ壁部の形状及び模様,
・屋根・壁・窓等の位置関係及び色調,
・店内のボックス席の配置及び半円アーチ状縁飾り付きパーティションの形状

「酷似している」とは「区別がつかないくらいよく似ている」という意味です。


[相違点は?]
では、相違点はどのように判断したのでしょう。

[マサキの主張]
マサキは、
切妻屋根や出窓,レンガ壁等は通常用いられる建築方式にすぎないことなどから,コメダデザインに見られる建築物の一般的な外観をコメダに独占させるべきではなく,コメダデザインを不競法2条1項1号・2号による保護の対象とすることは相当でない、と主張していました。
[裁判所の判断]
しかし裁判所は、
外装及び内装の中で店舗の名称がそれぞれ「コメダ珈琲店」「KOMEDA’S Coffee」,「マサキ珈琲」「Masaki’s coffee」と表示されているなどの相違点を考慮しても,両者の外観が全体として類似していることを否定することはできない
マサキは、幾つかの相違点を指摘しているが,印象を変えるには及ばないような点にとどまり,上記類似性を否定するには到底及ばない、と判断しました。


[広く認識されているか?]
続いて裁判所は、「②その店舗デザインがその事業者のものとして需要者に広く認識されていること」について次のように判断しました。

・東海三県で出店を重ねてきたコメダ珈琲店が平成15年以降に全国展開していく中で,その郊外型店舗の外観は,もともとコメダ珈琲店の特定の店舗イメージを具現することを目して標準化されたものであること,
・コメダ珈琲店の郊外型店舗は,関西地方では平成21年から増加していき,和歌山県内においても平成24年以降平成26年8月までに4店舗が出店されコメダ珈琲店の標準的な郊外型店舗に共通して,あるいは典型的に,コメダの店舗デザインが用いられていたといえること,
・コメダ珈琲店についてはテレビ番組や新聞・雑誌等で度々宣伝・報道がされ,その中で,郊外型店舗の外観も少なからず視聴者・読者等に知らされたことを指摘することができる。
・コメダデザインは,マサキの店舗が設けられた平成26年8月16日の時点で,マサキの店舗が所在する和歌山県を含む一つの商圏をなしているとみられる関西地方において,需要者の間に広く認識されるに至っていたと一応認められる。

このような根拠で、「コメダ珈琲」の店舗デザインについて、需要者に広く認識されていると判断しました。


[結論]
上記①②を踏まえ、地裁は以下の結論を出しました。

コメダ珈琲の店舗デザインは,不競法2条1項1号及び2号所定の「商品等表示」に該当するというべきである。

「コメダ珈琲」の店舗デザインが「商品等表示」に該当するということです。
この他、「両者の店舗デザインは全体として酷似している」「需要者が両者を混同するおそれがある」といった、不正競争の条件を満たすことが判明しました。
そして地裁は、マサキに対し、「コメダ珈琲」の店舗デザインを模倣した建物の使用禁止を言い渡しました。


[弊所の見解]
地裁でも、新聞、雑誌、他のウエブサイトの解説でも、マサキの店舗の外観はコメダの外観と「酷似」している、という点を前提にして出発しています。
しかし、店舗の外観、そのデザインだけを比較すると、到底これを「酷似」(区別がつかないくらい似ている)とは言えないのでは、と考えています。


[両者の比較]
もう一度、両者の外観を比較してみましょう。

訴えたコメダ珈琲訴えられたマサキ珈琲

裁判所は両方のデザインを比較して、レンガ壁、大型の格子窓、切妻屋根、赤いひさし、などの共通性を上げています。
しかし、次のような相違点はまったく考慮していません。

コメダ マサキ
コメダはポストアンドビームという、 柱と梁を表面に露出させて目立たせた様式です。
そしてあえて柱と梁だけを濃い色彩で着色して際立たせています。
梁と柱は壁板の内部に収納してある一般的な建築様式です。柱や梁を見立たせるデザインはマサキには存在しません。
中央の正面だけがレンガ壁です 中央の正面だけでなく、壁面の両側にも縦長のレンガ壁が配置してあり、区切りをつけるアクセントになっています。
中央のレンガ壁の外側の翼部では、梁と柱に囲われた範囲が土壁になっています。
土壁の色彩は薄く、それに対して着色した柱と梁の存在を際立たせています。
中央のレンガ壁の外側の翼部では、梁も柱も壁板の内部に収納して隠してあり、ほぼ全面が薄い色彩の土壁になっています。
中央のレンガ壁の外側の翼部には小窓はありません。 中央のレンガ壁の外側の翼部には小型の窓が設けてあり、その配置もデザインのポイントになっています。
中央の看板の上部の二階に小窓を開設してあり、デザインのポイントになっています。 二階に小窓を配置するデザインはマサキには存在しません。

こうして比較すると、両者は「酷似」していなことはもちろん、「類似」もしていない、と判断せざるを得ないです。

このように比較すると、コメダデザインが広く需要者に認識されていたと立証したところで、マサキデザインは「酷似」どころか「類似」もしていないのだから、コメダがマサキの建築を阻止することはできないはずです。

確かに、一般の平面的な商標と比べると、①不動産である店舗のデザインは、目の前で比べる対比観察は出来ない、②訪問したのが翌日ならともかく数ヶ月後である場合など、印象は明確ではない、という面も考慮する必要があるのかもしれません。
しかしコメダの外観が「商品等表示」だろうと、需要者に広く認識されていようと、酷似どころか、類似さえしていない他人の建物にあれこれ言えるはずがないでしょう。

すべてはまず両者が「類似している」ことが前提なのに、厳密な検討もせずに「区別がつかないくらいよく似ている(酷似)のは明らか」と切り捨て、これを根拠として差し止めるような判断はないだろう、という印象です。 店舗の外装が争われた最初の事件において、こんな「まず結論ありき」の判断がなされ、その後の判断に影響を及ぼすとしたら大きな問題です。


[まとめ]
まあ「弊所の見解」はともかく、この事件をきっかけに、それまで注目されていなかった「店舗デザインの保護」の需要が高まっていきました。
不正競争防止法以外にも、商標法の立体商標として店舗デザインの保護は可能ですが、「自他商品識別力があること」及び「不可欠形状でないこと」の条件件を満たす必要があり、簡単には登録されません。
その後令和2年に、店舗デザインを意匠として保護できるように法改正が行われました。意匠法の保護対象に、店舗デザインが含まれることとなったのです。
不正競争防止法や立体商標制度とは違い、意匠法での保護には厳しい条件は課されません。店舗デザインに明らかな模倣があればそれらが保護されることで、食文化がより適切に育っていくことを願うものです。