これは「著作物」かアイデアか?(金魚電話ボックス事件)

[絶滅寸前の電話ボックスがアート作品に]
スマホの普及で最近はすっかり数を減らした、電話ボックス。
Wi-Fiスポットや図書貸し出しスペースなど、新たな活用の仕方が検討されています。
そんな電話ボックスを用いた、アート作品について、著作権法の訴訟が起こりました。
既に作られた作品の廃棄と、新たな制作の禁止を主張する訴訟です。

主張が認められるためには、作品が著作権法にいう「著作物」に該当することが前提となります。
「著作物」は、作品なら何でも該当する訳ではありません。
著作権法で定めた定義に当てはまるものをいい、単なるアイデアは該当しません。
果たして「著作物」となりえるのでしょうか。

[事件の経緯]
訴えを提起したのは、山本伸樹(以下、山本氏)です。
現代美術家であり、平成10年に「メッセージ」と題する美術作品を発表しました。
「メッセージ」は、以下の特徴があります。

・電話ボックスを模したケースに水が満たされ、金魚が泳いでいる。
・電話機の受話器はハンガー部から外れて水中に浮いた状態で固定され、受話器の耳を当てる穴から泡が出る。

訴えられたのは、小山豊(以下、小山氏)と郡山柳町商店街協同組合(以下、柳町商店街)です。
小山氏は、学生団体と協力して、平成23年に美術作品(以下の写真)を発表しました。

その作品は、山本氏の作品「メッセージ」の上記特徴と共通します。
その後、その美術作品は柳町商店街が所有権を譲り受け、「金魚電話ボックス」という名称に変えて、小山氏と共同で管理することとなりました。
平成26年、小山氏と柳町商店街は喫茶店で「金魚電話ボックス」を展示し始めました。

山本氏は小山氏・柳町商店街に対し、著作権法を根拠に「金魚電話ボックス」の廃棄・制作の禁止を求めました。

[奈良地裁の判断]
最初の訴訟は、奈良地裁で行われました。
奈良地裁は、山本氏による「金魚電話ボックス」の廃棄・制作の禁止の請求を、認めませんでした。
奈良地裁は、(1)山本氏の「メッセージ」は「著作物」に該当しない(アイデアに過ぎない)こと、(2)小山氏・柳町商店街の作品「金魚電話ボックス」は山本氏の著作権を侵害しないこと、を結論付けました。

(1)山本氏の「メッセージ」は「著作物」に該当しない
理由:著作権法において,著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」(同法2条1項1号)である。
山本氏の「メッセージ」で,公衆電話ボックスの内部で金魚が泳ぐという山本氏の発想自体はアイディアにほかならず,表現それ自体ではない。
よって,著作権法上保護の対象とはならない。

(2)小山氏・柳町商店街の作品「金魚電話ボックス」は、山本氏の著作権を侵害しない
理由:山本氏は,山本氏の作品「メッセージ」と小山氏・柳町商店街の作品「金魚電話ボックス」の同一性を主張する。
しかし同一性を主張する点は,著作権法上の保護の及ばないアイディアに対するものである。
よって,山本氏の同一性に関する主張はそもそも理由がない。

山本氏は、大阪高裁に控訴(同じ主張で二度目の訴訟を起こすこと)しました。

[山本氏の主張と小山氏・柳町商店街の反論]
山本氏は第一に、(1)自身が制作した「メッセージ」は、著作権法の「著作物」に該当する旨を主張しました。

特に、「受話器がハンガー部から外れ水中に浮き、受話部から気泡が発生している」表現が、創作的な表現であると強調しました。

山本氏の作品「メッセージ」は,作品コンセプトの1つの美術的表現方法として,受話器を浮かせた上で,受話部の穴から気泡を発生させたのであり,機能的必然性に基づくものではない。
水中に空気を注入することが必須であると仮定しても,通常はろ過装置やエアストーン(気泡発生装置)を別途設置する。
また,受話器の送話部,受話部に穴は空いているが,空気を通す構造になっていない。
気泡を発生させるために受話器の受話部を使用していることが,山本氏の表現であり,創作性評価のポイントである。

上記の主張に対し、小山氏・柳町商店街は反論しました。
山本氏が制作した「メッセージ」は、著作権法の「著作物」ではなく、単なるアイデアであるとの主張です。

公衆電話ボックス及び金魚の形状は限定されており,誰が表現しても同様の表現にならざるを得ない。
この発想はアイデアにすぎず,著作権法の保護の対象とならない。
また,山本氏作品において公衆電話機の受話器から気泡が発生している点も,創作性があるとは言えない。
金魚を飼育する際に,水中への空気の注入は必須である。
受話器は通気口によって空気が通る構造をしている。
よって,公衆電話ボックスに金魚を入れるという選択をした時点で,受話器から気泡が生じるというデザインのアイデアは必然的に生じるものといえるからである

山本氏は第二に、(2)小山氏・柳町商店街の作品「金魚電話ボックス」は、自身の著作権を侵害する旨を主張しました。
小山氏・柳町商店街作品は、山本氏作品を複製(そっくりまねること)したものであり、仮に山本氏作品の複製でなくても、小山氏・柳町商店街作品は、山本氏作品を翻案(元の作品の大筋をまね、細かい点を変えること)したものである、と主張しました。

a山本氏作品と小山氏・柳町商店街作品の共通点
山本氏作品と小山氏・柳町商店街作品は,公衆電話ボックス様の箱内部に公衆電話機を設置して水を満たし,多数の金魚を泳がす表現において一致している。
また,公衆電話機受話器の受話部から気泡を発生させる表現において一致している。
共通点はいずれも「表現」であり,アイデアにすぎないと評価することはできない。
b山本氏作品と小山氏・柳町商店街作品の差異点
公衆電話ボックスの屋根の色の違い,棚の色の違い,公衆電話機の色やタイプの違いは,本質的な違いではない。
cまとめ
山本氏作品と小山氏・柳町商店街作品には本質的な特徴の同一性が認められ,小山氏・柳町商店街作品から山本氏作品の本質的特徴を得ることができる。
したがって,小山氏・柳町商店街作品は山本氏作品を複製したものである。
仮に,小山氏・柳町商店街作品における公衆電話ボックスの色等に創作性が認められるとしても,山本氏作品の翻案に該当する。

上記の主張に対し、小山氏・柳町商店街は著作権侵害はしていないと反論しました。

山本氏作品「メッセージ」は著作物ではないから,小山氏・柳町商店街作品が山本氏の著作権を侵害することはない。
仮に著作物であるとしても,小山氏・柳町商店街による著作権の侵害はない。
山本氏作品と小山氏・柳町商店街作品の共通点として山本氏が列挙している事由は,いずれも「電話ボックス内に金魚を遊泳させる」というアイデアから当然に導き出される要素である。したがって,山本氏が「共通点」とする部分は,何ら山本氏の個性が現れたものではなく,創作性が肯定されるべきものではない。

[大阪高裁の判断]
高裁はどのように判断したのでしょうか。

(1)山本氏の「メッセージ」は「著作物」に該当するか
第一の論点については、山本氏の「メッセージ」は、著作権法の「著作物」(美術の著作物)に該当すると判断しました。
判決に至るまでの過程を見ていきます。

高裁は判断の過程で、著作権法の「著作物」の定義を説明しました。
「著作物」とは、「思想又は感情を創作的に表現したもの」です。

山本氏は,自身の「メッセージ」が著作権法10条1項4号にいう「美術の著作物」に該当すると主張する。
著作物とは,「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」をいうから(同法2条1項1号),「表現したもの」であって,「創作的に表現したもの」でなければならない。
ある思想ないしアイデアの表現方法がただ1つしか存在しない場合には,誰が表現しても同じか類似したものにならざるを得ないから,創作性を認め難い。

定義を前提に、「メッセージ」は「著作物」なのかを、通常の電話ボックスと比較しながら検討しました。
そして、「メッセージ」における公衆電話機の受話器の表現(受話器がハンガー部から外れ水中に浮き、受話部から気泡が発生している)は、山本氏の「創作的な表現」と判断しました。

 「メッセージ」のうち本物の公衆電話ボックスと異なる外観に着目すると,次のとおりである。
第1に,電話ボックスの多くの部分に水が満たされている。
第2に,電話ボックスの側面の4面がアクリルガラスである。
第3に,その水中に赤色の金魚が泳いでいる。
第4に,公衆電話機の受話器が,ハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され,その受話部から気泡が発生している。

そこで検討すると,第1の点から第3の点には,創作性があるとはいい難い。
しかし,第4の点について,公衆電話機の受話器が水中に浮いた状態で固定され,受話器の受話部から気泡が発生することは,本来あり得ないことである。
したがって,この表現には,山本氏の個性が発揮されている。

柳町商店街は,受話器から気泡が発生するという表現は,電話ボックスを水槽にして金魚を泳がせるというアイデアから必然的に生じる表現であると主張する。
しかし,水槽に空気を注入する方法としてよく用いられるのは,水槽内にエアストーン(気泡発生装置)を設置することである。
また,受話器は音声を通すためのものであり,空気を通す機能を果たすものではない。
したがって,受話器の受話部から気泡が発生する「メッセージ」の表現には,創作性がある。

最後に、山本氏の「メッセージ」は、単なるアイデアではなく、著作権法の「美術の著作物」だと結論を出しました。

 以上によれば,公衆電話機の受話器が,ハンガー部から外されて水中に浮いた状態で固定され,その受話部から気泡が発生しているという表現において,「メッセージ」は,山本氏の個性が発揮され,創作性がある。
「メッセージ」は著作物性を有するというべきであり,美術の著作物に該当する。

(2)小山氏・柳町商店街の作品「金魚電話ボックス」は、山本氏の著作権を侵害するか
第二の論点については、小山氏・柳町商店街の作品は、山本氏の著作権を侵害すると判断しました。
判決に至るまでの過程を見ていきます。
高裁は、山本氏の作品と、小山氏・柳町商店街の作品の共通点と差異点を挙げました。
・共通点

・差異点

ア 共通点
山本氏の作品と小山氏・柳町商店街作品の共通点は次のとおりである。
① 公衆電話ボックス様の造作水槽に水が入れられ,金魚が泳いでいる。
② 公衆電話機の受話器が水中に浮いた状態で固定され,その受話部から気泡が発生している。
イ 相違点
相違点は次のとおりである。
① 公衆電話機の機種が異なる。
② 公衆電話機の色は,山本氏作品は黄緑色であるが,小山氏・柳町商店街作品は灰色である。
③ 電話ボックスの屋根の色は,山本氏作品は黄緑色であるが,小山氏・柳町商店街作品は赤色である。
④ 公衆電話機の下にある棚は,山本氏作品は1段で正方形であるが,小山氏・柳町商店街作品は2段で,上段は正方形,下段は三角形に近い六角形である。
⑤ 山本氏作品では,電話ボックス上部に空間が残されているが,小山氏・柳町商店街作品では,水が電話ボックス全体を満たしている。

高裁は、上記ア①~②の共通点は山本氏の創作的な表現に係る部分であり、上記イ①~⑤の相違点はありふれた表現・注意を向けない表現である、と判断しました。
そして高裁は、小山氏・柳町商店街は、山本氏の創作的な表現をそっくりまねた(複製権の侵害)と結論付けました。
また、仮に複製権の侵害に該当しなくても、翻案権(元の作品の大筋をまね、細かい点を変える権利)の侵害であるとの結論を出しました。

ウ 検討
山本氏は,複製権又は翻案権の侵害を主張している。
著作物の複製とは,既にある著作物をそっくりまねること(著作権法2条1項15号)をいい,著作物の翻案とは,既にある著作物の大筋をまね、細かい点を変えることをいう。

上記ア①~②は,山本氏作品のうち表現上の創作性のある部分と重なる。
一方,上記イ①~⑤の相違点はいずれも,山本氏作品のうち表現上の創作性のない部分に関係する。
そうすると,小山氏・柳町商店街作品は,山本氏作品のうち表現上の創作性のある部分の全てを複製しているといえる。

仮に,公衆電話機の種類等(上記イ①~⑤)の選択に創作性を認めることができるとしても,小山氏・柳町商店街作品は,山本氏作品における表現上の本質的な特徴(上記ア①~②)があるから,山本氏作品を翻案したものということができる。

(3)総合的な判決
以上のことから、高裁は山本氏の「メッセージ」が、著作権法上の「著作物」に該当すると判断しました。
また、小山氏・柳町商店街の「金魚電話ボックス」は、山本氏の「メッセージ」の複製権・翻案権を侵害すると認めました。
この他、小山氏・柳町商店街の作品は山本氏の作品に依拠していることと、小山氏・柳町商店街は山本氏の著作者人格権を侵害することが、認められました。
高裁は小山氏・柳町商店街に対し、自身で制作した作品の廃棄と、今後の同じ作品の制作の禁止を言い渡しました。

[弊所の見解]
今回は、「メッセージ」の受話器の表現が創作的と認められ、「著作物」に該当することとなりました。
ある作品が「著作物」なのかアイデアなのかは、時に判断が難しいことが分かる判決です。

以上
解説 弁理士山口明希