パチスロ機リノ事件(他人の商標を付した部品を組み込んだ完成品の問題)
パチスロ機とは?
「パチスロ機」って知っていますか?
映画などで見るスロットルマシンが大型なのでパチンコの店舗に収さまらなったために、パチンコの枠に収まる形として開発したのが、パチスロ機です。
パチスロ機に使用する制御用の電子部品(以下CPU)には出玉率に関するプログラムの規格があり、その検定を受ける必要があります。
検定に合格したプログラムをコピーしたロムを主基板に装着して封印シールが貼られ、機体とは別にパチンコ店に配送され、店で本体に組み込みます。
届け出のシール番号と、主基板のシール番号が一致しているかを警察署が検査してOKが出ると営業を開始できる、という仕組みです。
この流れが分からないと、なぜパチスロ機に組み込む一部品に、あえて他人の商標を印字する必要があったのか、無印でもよかったのでは?という疑問が残ってしまいます。
リノとは?
ところで訴えの対象物件である「リノ」とは、ニイガタ電子精機が平成2年に販売したパチスロ機です。
20年以上経過した今でも、名機としてその名を知られているのだからすごいですね。
商標
一方、シャープ株式会社は昭和48年12月12日に「電子応用機器」等を指定商品として「SHARP」を商標登録を受けました。(登録第1111387号)
この指定商品に、問題のパチスロ機のCPUが含まれています。
何が問題か
リノの製造者は平成3年4月下旬ころから、「SHARP」と同一の商標を付したCPU約1万個をリノの主基盤に取り付けて販売する目的で所持したり、販売をしていました。
しかし部品であろうと完成品であろうと、自己の商品に組み込んだ部品に他人の登録商標と同一の商標を無断で印字していたのだから、侵害は明らかであって、何が問題なのでしょう。
それは、見方によっては部品であるCPUはリノに組み込まれてしまったことで部品としての独立性を失うから、というのです。
だから第一審の大阪地裁では、「本件CPUは、『リノ』に組み込まれることによって、商品としての独立性を失い、これに残存する標章は、商標法上保護されるべき商品識別機能を失うと認めるべきである」、すなわちこの部品CPUは、すでに商標上の「商品」ではない、としてリノの製造者に無罪を言い渡したのでした。(大阪地裁の判決:平成4年(ワ)657)
別の問題
もうひとつ疑問が出ます。
部品として組み込まれて第三者の目に触れないなら、商標を付ける必要はないのでは? 無印で行けば問題なかったのでは? という疑問です。
これは実は、あたかも検査を通ったCPUに見せかけるために、出玉率を改造した不正なCPUに、一流メーカーの商標を付けたという背景があったのです。
だからこの事件は背景が特殊な刑事事件なのですが、しかし部品に他人の商標を無断で付ける行為はどのように判断されるか、の典型的なケースとして評価されています。
というのは、外部の部品メーカーから部品を購入し、これを組み込んで完成品として販売することはどこのメーカーでも採用している状態なので、その部品が商標の侵害品だった場合にどう取り扱われるか、大きな問題だからです。
背景
被告は、パチスロ機「リノ」の出玉率に関する規格の検定から逃げるために、検定済みパチスロ機のシャープ社製のCPUの出玉率を変更したものを入手しました。そしてこれを主基板に装着してリノとして販売していました。
そのCPUには、出荷時には「SHARP」ではなく別のメーカーの「IZAC」という商標が付されていたのです。
そのCPUの商標を何者かが改ざんして「SHARP」と印字した、すなわち他人の商標を無断で付したのでした。
高裁の判断
控訴審の大阪高裁は次のように判断しました。
商標の付された商品が部品であって、これが完成品に組み込まれた場合、その部品に付された商標を保護する必要性がなくなるか否かをどう判断すればよいか。 まず、商標法は商標権者、取引関係者及び需要者の利益を守るため商標の有する出所表示機能、自他商品識別機能等の諸機能を保護せんとするものである。 すると、完成品の流通過程において、部品に付された商標が、その部品の商標として上記のような機能を保持していると認められるか否かによって判断すべきである |
そして具体的な判断基準としては、下記のような基準を示しました。
その判断に当たっては、商標の付された商品が部品として完成品に組み込まれた後も、 (1)その部品が元の商品としての形態ないし外観を保っていて、(2)その商標が部品の商標として認識される状態にあり、かつ、(3)部品及び商標が完成品の流通過程において、取引関係者や需要者に視認される可能性があるか否かの点を勘案すべきである。 |
本件では
まず
(1)問題のCPUに付された商標が、「リノ」本体や主基盤の商標としてではなく、部品であるCPUの商標として認識される状態にあること、
次に
(2)本件CPUが「リノ」本体や主基盤の流通過程において、取引関係者や需要者に認識される可能性があったこと、
これを理由に、リノを販売した行為ないし本件CPUを所持した行為は商標権侵害にあたると結論付けました。
最高裁は
最高裁は、部品に付された商標の問題について、次のように事実を認定しました。
本件CPUは、主基板に装着された後も、元の外観及び形態を保っており、それに付された本件商標は、ケースを通してもこれを視認することができた。リノは、中間の販売業者を通じてパチンコ店に販売され、その際、本体と主基板が別々に配送された後、パチンコ店で本体内の最上部に主基板が差し込まれるなどして組み立てられ設置されていた。主基板は、リノの本体とは別にパチンコ店に備え置く補修用部品としても販売され、リノの主基板が故障した場合にこれと交換されることもあった。主基板に装着された本件CPU及びそれに付された本件商標は、リノの外観上は視認することができないが、右のようなリノの流通過程において、中間の販売業者やパチンコ店関係者に視認される可能性があった。 |
その上で、「本件商標は、本件CPUが主基板に装着され、その主基板がリノに取り付けられた後であっても、なお本件CPUについての商品識別機能を保持していたものと認められる。
だから、被告人らの各行為について、商標法の商標権侵害の罪が成立するとした原判決の判断は、正当である」と判示しました。
ここで「正当である」とされた大阪高裁の原判決は上記の通りです。
機能が害されているか?
最初に疑問点として挙げたように、本件ではすでに条文上では商標の「使用」行為に当っています。
ところが問題は、明文の規定にはないのですが、「使用商標が出所標識としての機能を果たさず、登録商標の商標としての機能が害されない場合には、商標権侵害を認めるべきではない」という論点です。
この判決を通して、「機能が害されているか?」というキーワードが商標の本質論、実質論に基づく要件である、として判例、学説上、広く支持され採用されていることが分かります。