「均等」はどこまで広げてよいか?「ボールスプライン事件」
(最高裁 平成6年(オ)1083号) |
ボールスプライン軸受とは
この争いは「ボールスプライン軸受」の特許権が対象なので、まずどんな発明なのか見ておきましょう。
発明の対象はトルクを伝達しながら、軸上を長手方向に移動もできる軸受けです。
軸受は自転車の車軸などに見ることができますが、この発明はもう少し複雑で、スプライン軸方向と平行に複数本の溝が形成してあり、かつ溝と溝がつながっていて、ボールはその溝内を循環する構造です。
事件の背景
特許権者は「無限摺動用ボールスプライン軸受」という特許権を取得しました。
(特許999.139(特公昭53-22.208))
その特許発明は、(1)外筒1と、(2)ボールを保持する保持器2と、(3)回転するスプライン軸9から構成したものです。
一方、被告は昭和58年1月頃から似たような製品を製造、販売していました。
高裁の判断
地裁では被告の製品は、本件特許の技術的範囲に属さない、すなわち侵害ではない、と判断しました。
そこで負けた特許権者は高裁で争いました。
1)ずばり同一ではない
高裁では、被告の製品の一部が本件特許の構成とは異なっていることは明らかである、と判断しました。
2)置き換え容易
しかし一部の異なる構造については次のように判断しました。
- 構造が一部異なるからといって、これによって特別な効果を奏するものでもない。
- そしてその相違点は本件特許の出願時の技術水準からみれば、置換が可能であるとともに、置換が容易である。
- そうであれば例外として被告の製品は、本件特許の技術的範囲に属するものとして侵害と判断するのが相当というべき。
- そのように解さないと、公開の代償として付与された特許権が容易に無意味なものとなってしまい、特許制度の趣旨に反することになってしまう。
このように高裁では、特許権者の勝! となりました。
そこで最高裁です
そこで侵害と訴えられた被告は最高裁へ。
と言っても不満ならなんでも最高裁へ持ち込めるものではないですね。
ここでは特許法の解釈適用を誤ったもの、という主張でした。
本当はその部分が最高裁の判決の中心のはずですが、それは後に回して、利用価値のある「均等論」の部分について説明します。
1)均等論
思い出すと数十年前には「均等論」という言葉だけが独り歩きして、請求項の構成と被告製品がずばり同一ではない場合に、訳もわからずに「均等だ!」と主張すれば権利が広くなる、といった雰囲気がありました。
筆者が当たった原告がそのような鑑定書を出してきたので、鑑定人の証人尋問の時に聞いてみました。
「あなたの鑑定書によれば被告製品は本件特許と『均等』らしいですね。」
「ハイ、均等であって被告の販売行為は侵害です。」
「では聞きますが、均等だ、均等だ、といって技術的範囲をどこまでも広げてよいわけではないですよね。では均等論の限界はどこにありますか?」。
すると「・・・・・」。
そこで驚いたふりをして言いました。
「あなた、均等論の限界(補正で意識的に除外した構成など)も理解しないでこの鑑定書を提出したのですか?」と。
(この程度のことは吉藤先生の本に書いてあったのですがね)
このように、数十年前には「均等」が十分に整理されていなかったので理解が混乱していたのでしょう。
それが明確に整理されたのがこの判決でした。
2)均等の5つの要件
判決では、まず原則を述べて、「特許請求の範囲」に記載された構成と対象製品、対象方法と異なる部分がある場合には、その製品は特許発明の技術的範囲に属するとは言えない、と明言しました。
しかし異なる部分が存在する場合であっても次の場合は、対象製品などは技術的範囲に記載された構成と均等なものとして、技術的範囲に属すると解してよいことを確認しました。
- 異なる部分が特許発明の本質的部分ではないこと。
- 構造の一部は異なっても、特許発明と同一の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであること。
- 異なる部分を対象製品のように置き換えることが、当業者が容易に思いつくことができたものであること。
置き換えが可能な時点は、対象製品の製造の時(特許出願時ではなく)である。 - ただし、対象製品が、特許出願時(こちらは出願時)における公知技術と同一、または当業者がそれから容易に発明できたものでないこと。
公知技術と同一、または容易に発明できたとすると特許を受けることができなかったはずだから、均等とは別の問題となる。 - また、対象製品が、特許出願の手続きにおいて、特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなど、特段の事情がないこと。
3)その根拠は?
以上の要件を整理した理由、根拠を次のように述べました。
- 出願の際に、将来のあらゆる侵害態様を想定して「特許請求の範囲」に記載することは困難。
相手方が特許権を知って、後にその一部を変えれば侵害とならいとすると、発明の意欲を減殺することになり、特許法の目的に反するばかりか、社会正義にも反すると言える。 - そのような点からすると、特許発明の実質的価値は、第三者が「特許請求の範囲」の構成から実質的に同一なもととして容易に想到できる技術にまで及ぶはず。
- 特許出願時に公知であった技術やそれから容易に推考できた技術は、誰も特許を受けることができなかったはずのものだから、特許発明の技術的範囲に属するということはできない。
- 出願手続きで特許請求の範囲から意識的に除外したなど、いったん技術的範囲に属さないことを認めるような行動をとったものについて、後に特許権者がそれと反する主張をすることは禁反言の法理に照らして許されない。
4)勝敗は?
均等論の要件の整理は以上です。
今後自由に活用できるように覚えておく必要がありますね。
ただこの争いは均等論を整理しただけで終わったわけではないのです。
問題になったのが、「置き換え容易」の立証でした。
特許権者は、異なる部分があってもそれを対象製品のように置き換えることは、当業者が容易に思いつくことができたものであること、を主張したかった。
そのために、被告製品は、本件の出願時(!)に当業者が公知の技術の組み合わせたものに過ぎない、と日独米の過去の公報を提出してしまったのです。
そうだとすると?
最高裁は次のように判断しました。
特許権者の提出した公知文献から見ると、被告製品は本件特許の出願日前の公知の部品を組み合わせたに過ぎないことになる。
そしてこのような組み合わせることが、本件発明を知らない状態で当業者が容易にできたのだとすると、被告製品は本件発明の出願前の公知技術から、本件出願時に容易に推考できた製品ということになってしまう。
そうであると、本件の発明はそもそもだれも特許を受けることができなかったはずのもの。
それなら被告製品が特許発明の技術的範囲に属するものとは言えない、と。
なんと最高裁では特許権者の負け! でした。
法令解釈の誤り
前記したように高裁では置換可能性や容易性は検討したけれど、被告製品と公知文献との関係について検討をしていませんでした。
その検討もせずに「均等」であり、「特許請求の範囲に属する」と判断したのでした。
その点を指摘して、高裁の判断は、法令の解釈適用の誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法があり、この違法が結論に影響を及ぼすことが明らか、よって判断を高裁に差し戻す、という結論でした。