用語の解釈の争い。「のみ」か修飾語か?サトウの切り餅事件

事件の背景
越後製菓㈱は特許第4111382号(越後特許)の特許権者です。
一方、佐藤食品工業㈱は長年「サトウの切り餅」(サトウ餅)と称する切り餅を販売していました。

サトウの切り餅「パリッとスリット」を使った「焼き餅雑炊」

サトウ餅の売り上げの好調を見かねたのか、越後製菓は自社の越後特許を武器に、平成21年に差し止め請求などを求めて東京地裁に訴えました。
両者を比較すると下図のようになります。
問題の「切り込み部」が、越後特許では側面だけ、サトウ餅では側面だけでなく、上下面にも十字形に入っています。

上図:越後特許 下図:サトウ餅

切り込み部は何のために?
この切り込み部を設けると、それまで制御不能だった膨れ出しの位置を特定でき、吹き出し力も小さくすることができる、そのために焼き網へ垂れ落ちるほど膨れ出たりすることを確実に抑制できる、というのです。


高裁まで
東京地裁では、被告のサトウの反論が認められました。
「サトウ餅は越後特許の技術的範囲に属さない」、侵害ではない、という結論です。
その判決に不服の特許権者、越後は知財高裁に控訴しました。
知財高裁は東京地裁の判決を覆しました。
「侵害だ」というのだから特許権者の勝です。
しかも損害賠償請求の金額が14億8500万円という高額なものでした。
なぜ判決が逆転したのでしょう?


争点は?
上の図の通り、越後特許では、側面を一周して1本の「切り込み部」を入れるという権利です。
これを越後特許では次のように表現しています。

載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、・・・

なぜ「載置底面」「平坦上面」といった表現をしたのでしょう。
図のような直方体の餅の場合、その「下面」「上面」「側面」といえばよさそうなものです。
その理由は、焼くときに立てることもあるだろう、すると販売段階の切り餅を見ただけでは「側面」といってもどこだか分からない、ということからです。
後に知財高裁では、そのように解釈しました。


二種類の解釈が
とりあえずこのフレーズでは二種類の解釈ができます。

解釈侵害への影響
載置底面又は平坦上面は除外して、「側周表面のみ」に切り込み部を設ける、という意味。底面や上面に切り込み部がある餅は、侵害にならない。
載置底面や平坦上面ではない位置に「側周表面」がある。その側周表面に切り込み部を設ける、という意味。側面に切り込み部があれば、底面や上面にあっても侵害となる。

そのいずれを取るかで、側面だけでなく、上下の表面にも十字状に切り込み部があるサトウ餅にとっては重要な問題になります。


地裁の判断
東京地裁は問題の記載を比較表の上段のように解釈しました。
すなわち、載置底面又は平坦上面は除外して「側周表面のみ」に切り込み部を設ける、という意味に解釈したのです。
すると、底面や上面に切り込みを入れたサトウ餅は、越後特許の技術的範囲に属さない、侵害にならないという結論です。


知財高裁の判断
それに対して知財高裁は比較表の下段のように解釈しました。
すなわち、「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載は、そこではない「側周表面」、そこに切り込み部を設けることを明確にするための記載だ、とするのです。
それなら前記したように製品を見ただけでは、焼き方次第で上下が決まらず、どこが「側周表面」か不明な切り餅の場合にも明確に解釈ができます。

このように問題のフレーズは、「側周表面」をより明確にする趣旨で付加された記載と理解できるのであって、載置底面又は平坦上面に切り込み部等を設けることを排除する趣旨を読み取ることはできない、というのです。
だから、底面や表面に切り込みが入っていても技術的範囲に属する、侵害だ、と判断しました。 特許権者の越後の勝でした。


明細書の記載
結論は上記の通りなので話は前後しますが、争いの経過を見ると越後特許の明細書の次のような記載も問題でした。

1)忌避すべき焼き上がり

切餅の平坦上面又は載置底面に切り込みが存在する場合には、焼き上がった後その切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がりとなるため、忌避すべき状態になる。

この記載からすると、上面、底面に切り込みがあると越後特許のねらっている効果が期待できない、とも読めます。
しかし高裁は次のように判断しました。

載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けたために、美観を損なう場合が生じ得るからといって、そのことから直ちに、底面又は上面に切り込み部を設けることが、排除されると解することは相当ではない。
周方向の切り込み等による上側の持ち上がりが生ずる限りは、本件発明の作用効果が生ずるものと理解することができ、載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けないとの限定がされているとはいえない。

2)別の表現があるはず
被告のサトウは次のようにも主張していました。

切り込み部が餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に設けられるという構成であることを表現するのであれば、「小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に切り込み部又は溝部を設ける」と記載すれば足りるはず。
なにも「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載を付加する必要はないではないか。
これを付加したのは「載置底面又は平坦上面」を排除する意図があったはず。

しかし高裁は次のように判断しました。

前記のとおり角形等の切餅において最も広い面を載置底面として焼き上げるのが一般的であるといえるが、(狭い面を下にして立てて焼く場合もある、という参考図を根拠に)これにより一義的に全ての面が特定できるとは解されない。
したがって餅体の上側表面部の立直側面である側周表面を特定するため「載置底面又は平坦上面ではなく」との記載を付加することに意味があるといえる。

意見書での主張

1)最初の意見書
越後は、審査の段階で最初に「側周表面にのみに設け」と限定した補正書を提出し、意見書では次のように主張していたのです。

本発明は切り込みを天火が直に当たりずらい側周表面にのみ設け、しかも切り込みを水平方向に切り入れ、更に周辺縁あるいは輪部縁に沿う周方向に長さを有する切り込みとし、他の平坦上面や載置底面には形成せず・・・
前述のように切り込みの焼き上がり具合は決して刃傷のようにはならず見た目も良いだけでなく、この切り込みの前述のような形成位置設定によって、切り込み下側に対して切り込み上側は膨れるように持ち上がり、まるで最中サンドのように焼き上がり、今日までの餅業界では全く予想もできないきれいにして均一な焼き上がりを実現できたのです。

この段階で特許になれば、切り込み部は「側周表面にのみ」に設けてあるのだから、切り込み部が側周表面以外にも設けてある切り餅は技術的範囲に属さない、製造販売は侵害ではない、ということになったはずです。

2)手のひらを反して

しかしこの切り込み部を「側周表面にのみに設け」の補正は「新規事項の追加」に当たるとの拒絶理由通知が来ました。
それを受けて再度補正書を提出して「のみ」を削除し、上記の意見も撤回しました。
その2回目の意見では、「審査官のご指摘」を前面に出して、前回の意見がなんだったの?と言いたくなる手のひらを返したような主張をしています。
「言うまでもないことです」の部分がスゴイですね。

審査官の要旨変更とのご指摘を踏まえて、元通り「のみ」を削除し、・・・出願当初通り「のみ」かどうかは本発明と無関係と致しました。
この点に真に本発明の画期的な創作性があるのです。
この最中サンドのように膨れて持ち上がるように焼き上がることが本発明の最も重要な必須の発明ポイントであり、勿論見た目が悪くなっても構わなければ平坦上面にも更に切り込みを追加しても構わないことは言うまでもないことです。

3)高裁の判断
この意見の振れをサトウに攻撃されましたが、高裁は次のように理解しました。

本件特許に係る出願過程において、原告(越後)は拒絶理由を解消しようとして、一度は手続補正書を提出し、同補正に係る発明の内容に即して、切餅の上下面である載置底面又は平坦上面ではなく切餅の側周表面のみに切り込みが設けられる発明である旨の意見を述べた
(しかしこの際の補正と意見を撤回したのだから)出願過程において撤回した手続補正書に記載された発明に係る「特許請求の範囲」の記載の意義に関して、原告が述べた意見内容に拘束される筋合いはない。
むしろ、本件特許の出願過程全体をみれば原告(越後)は、撤回した補正に関連した意見陳述を除いて切餅の上下面である載置底面及び平坦上面には切り込みがあってもなくてもよい旨を主張していたのであって、そのような経緯に照らすならば、被告(サトウ)の上記主張は採用することができない。

最初の「のみ」補正では多分勝てなかったと思われる特許権ですが、審査官の指示に沿った補正で救われてよかったですね。


その後は?
なおこの事件でも無効審判が請求されました。
その無効理由の一つが、出願前の販売でした。
すなわち、越後特許の出願前に、サトウではすでに上下面の十文字の切り込み、側面にも切り込みを設けた袋入りの切り餅を納入していた、というものでした。
これが事実ならば出願前に公然実施された発明として越後特許は無効となります。
しかし証人の証言に多くの矛盾が出てきました。
裁判長は、この証拠はねつ造、証言は不自然であると判断して採用しませんでした。

サトウはこの判決を不服として、平成24年4月2日に最高裁に上告及び上告受理の申立てをおこなったと発表しました。
しかし最高裁は同年9月19日にこれを棄却する決定を下し、サトウ側の敗訴が確定しました。