山口特許事務所 Yamaguchi & Associatesトップページへ
日本語 ENGLISH
トップページへ サイトマップ よくあるご質問
事務所概要 特許・実用新案・意匠・商標 外国出願 判例解説 主要な論文 ライセンス売買 リンク

特許・実用新案
商標
意匠
不正競争防止法
著作権


不正競争防止法


カツラの使用者の名簿を持ち出して開業。


企業にとって命綱とも言える、顧客名簿等の「営業秘密」。平成2年に不正競争防止法が改正された後、ほぼ最初の営業秘密の使用差し止め請求事件を紹介します。

顧客名簿のコピーで、独立営業
田中和夫(仮名)の勤務するヘアー・ウィッグ山本(仮名)は、男性用かつらの販売会社。新大阪の本店営業書のほか、心斎橋店、三宮店、姫路店の支店があります。平成5年8月、田中和夫は顧客トラブルから、ヘアー・ウィッグ山本の山本社長と口論して退職しました。
田中和夫は、同じく男性用かつらの販売業を営む友人の店舗を借りて、無断でコピーしたヘアー・ウィッグ山本の顧客名簿を使って、次のような電話を掛けて営業を開始します。
  1. 近々、ヘアー・ウィッグ山本の心斎橋店は閉めるから、新しい店に来てほしい。
  2. ヘアー・ウィッグ山本に発注したかつらはキャンセルして、新たに発注してほしい。

男性用かつら業界における顧客名簿の重要性
ヘアー・ウィッグ山本は、田中和夫に対して営業秘密の使用差し止め請求を起こしました。かつらはその性質上、頭髪の薄い男性に路上で声をかけて、購入を勧めるようなことは困難です。また、かつら使用者であることを秘密にしたいため、顧客が友人や同僚を客として紹介することも皆無です。顧客の獲得は、テレビCM、新聞広告などの宣伝媒体に依存。ヘアー・ウィッグ山本の宣伝広告比は、年間2千400万円。実に総売り上げの3割に当たります。
ところで、かつらの取り付け後も自前の頭髪が伸びるために、定期的にカットやパーマが必要です。こうしたアフターケアは、売り上げの6割を占めるかつらの買い替えに結びつきます。
男性用桂という極めて限定された商品の市場で、顧客名簿は事業活動の死活を左右し、同業他社と競争してゆく上で多大の財産的価値のある営業情報ということになります。

理容業界の「顧客は、職人としての理容師につく」という特殊性
田中和夫は独立後、夕刊紙「夕刊フジ」に2行の広告(料金は1行1200円)を5回掲載しただけで、他に宣伝活動をしていません。店舗の階段入り口に、看板なども出していません。
実は、田中和夫はヘアー・ウィッグ山本に勤務する以前は、理容師として働いていました。理容業界では、「顧客は、職人としての理容師につく」という性格があって、理容師が勤務先を退職する際は、顧客名簿を使って事前に自分の客に退職を通知するのが慣例です。ただ、田中和夫の退職経験が前述のようで通知できず、やむなく顧客名をコピーした、と主張しました。
更に、田中和夫の店に来ている客は、田中和夫の技術についてきた客であって、ヘアー・ウィッグ山本の顧客名簿を利用して不当な勧誘をしたから来たのではない、とも主張しました。

営業秘密の定義
不正競争防止法で定義する営業秘密とは、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」です。
ヘアー・ウィッグ山本の顧客名簿は、表紙にマル秘の印を押し、来店した客からは見えない店のカウンター内に保管されていました。このような措置は顧客名簿に接する者に、これが営業秘密であると認識させるのに充分なものと言えます。更に、関係者以外には公然と知らされていない情報です。従って、顧客名簿は「営業秘密」に該当すると判断されました。

ふたつの「営業秘密の使用」の解釈
まず、田中和夫の主張する「技術についてきた客」について、ヘアー・ウィッグ山本の業種は、単なる理容業ではなく男性用かつらの販売業であり、かつらの販売に付随してカット等の理容を行うに過ぎない、としました。従って、田中和夫は営業秘密である顧客名簿を不正に取得して使用した、という判断です。これにより、ヘアー・ウィッグ山本の顧客名簿に記載されている顧客に対して、電話などでのかつらに関する営業行為禁止を言い渡されました。

また、今回の事件で特筆に値するのは、顧客名簿に記載されている顧客の方から田中和夫にかつらの理髪や注文があっても、これに応じて販売などを行う行為も禁止したことです。
田中和夫は独立後に大した宣伝広告活動をしていません。前述の男性用かつら販売という特殊な業界の実情から、田中和夫の顧客はすべて、ヘアー・ウィッグ山本の顧客名簿に依存したと言えません。従って、一度は顧客名簿を使用して勧誘した客であると推認。この勧誘で本来ならヘアー・ウィッグ山本が必然的に得られるはずの利益を、横取りする行為と言えるわけです。
このことから、勧誘と一体をなす営業秘密の使用に当たるという判断が下されました。

「営業秘密」の今後
アメリカではすでに営業秘密に対する意識は高く、転職時などにこれを巡る訴訟も頻繁に起きています。日本では営業秘密の重要性があまり認識されていませんが、今後同種の案件が増えてくることは間違いありません。企業の要「営業秘密」、明日は我が身です。

目次へ ページトップへ

個人情報保護方針 このサイトについて
ypat@ypat.gr.jp