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特許・実用新案


「発明の要旨」はどのように認定するのか
リパーゼ事件

(昭和62年(行ツ)第3号、最高裁平成3年3月8日第2小法廷判決)

リパーゼ特許
「リパーゼ」とは食物消化の働きをする消化酵素の1つで、「脂肪分解酵素」とも呼ばれています。
すい臓の細胞が障害を受けたり、破壊されると血液中のリパーゼの量が増えるため、膵炎などの膵臓の病気を調べる重要な検査だそうです。
このリパーゼを使ったトリグリセリド(中性脂肪)の検出方法が出願され、審判では進歩性がない、として拒絶されました。

下記はその「特許請求の範囲」ですが、単に「リパーゼを用いる」としか記載してありません。
特許請求の範囲
リパーゼを用いる酸素的鹸化及び遊離するグリセリンの測定によってトリグリセリドを測定する場合に、鹸化をカルボキシルエステラーゼ及びアルキル基中の炭素原子数10〜15のアルカリ金属―又はアルカリ土類金属―アルキル硫酸塩の存在で実施することを特徴とするトリグリセリドの測定法。

一方、「発明の詳細な説明」の欄では「リパーゼ」について次のように記載してありました。
この欠点は、1公知方法で、トリグリセリドの酵素的鹸化により除去され、この際、リゾプス・アリツスからのリパーゼ(これが「Raリパーゼ」です)を使用した。
この方法で、水性緩衝液中で、トリグリセリドを許容しうる時間内に完全に脂肪酸及びグリセリンに分解することのできるリパーゼを発見することができたことは意想外のことであった。
他のリパーゼ殊に公知のパンクレアス―リパーゼは不適当であることが判明した。

このように詳細な説明では「Raリパーゼ」がある時間内に、中性脂肪を分解することを発見した、と説明しています。

高裁まで
この出願は、まず審査の段階で拒絶査定を受け、拒絶査定不服審判を請求しました。
審判官は、特許請求の範囲に記載された「リパーゼ」は、あらゆる「リパーゼ」を含むと解釈しました。
そのように解釈した上で、やはり進歩性なしとして、審査官の拒絶査定を支持しました。
出願人は、それが不服で審決取消訴訟を提起しました。
すると、東京高裁は特許庁の拒絶の審決を取り消したのです。
その判断に際して東京高裁は次のように述べました。

「特許請求の範囲」に記載されているのは「リパーゼ」である。
しかし「発明の詳細な説明」の記載を考慮すると、それは「Raリパーゼ」を意味する。
その点について特許庁での審決は、発明の基本構成の解釈を誤ったものである。

今度はその判決に不満の特許庁が最高裁に上告しました。

最高裁の判断
最高裁では次のように判断しました。
  1. 発明の要旨の認定が前提
    一般論としてまず、発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっては、この発明を公知文献の発明と対比する前提が存在する。
    それは、特許出願に係る「発明の要旨」が認定されなければならないことである、としました。

  2. どのように認定するか
    この要旨認定はどのようにするか。
    それは(特段の事情のない限り)願書に添付した「特許請求の範囲」の記載に基づいてされるべきである。
    特段の事情がある場合に限って、明細書に記載した「発明の詳細な説明」の記載を参酌することが許されるにすぎない、というのです。

  3. 「特段の事情」とは
    では「特段の事情」とは何か。ここでは次のふたつの場合を挙げています。
    (1) 特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない場合。例えばある技術用語が、他の当業者から見たらちがう受け取り方をするかもしれない場合などです。
    (2) 一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかである場合。

    そのように解釈する理由は、次の通りです。
    「特許請求の範囲には、特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項のみを記載しなければならない」旨定めている特許法36条5項の規定からみて明らかである(この条文は現在では多少変わっていますが。)。

本件の場合
以上の一般論を本件についてみると、次のことが言えます。
  1. 本願発明の特許請求の範囲の記載には、「リパーゼ」についてこれを、あるリパーゼに限る、と限定する旨の記載はない。
  2. そして上記のような「特段の事情」も認められない。
  3. そうであれば、本願発明の特許請求の範囲に記載の「リパーゼ」が「Raリパーゼ」に限定されるものであると解釈することはできない。
それなのに、
高裁での認定は、本願発明が、測定方法の改良として技術的に裏付けられているのは「Raリパーゼ」を使用するものだけであり、実施例も「Raリパーゼ」を使用したものだけが示されていると認定している。
しかし本願発明の測定法の技術分野において「Raリパーゼ」以外のリパーゼは用いられないとは、当業者の技術常識になっているとはいえない。
そうであれば、「発明の詳細な説明」で技術的に裏付けられているのが「Raリパーゼ」を使用するものだけであること、実施例が「Raリパーゼ」を使用するものだけであること、それのみから、特許請求の範囲に記載された「リパーゼ」を「Raリパーゼ」と限定して解することはできない。
その点、高裁の判断では、本願発明の特許請求の範囲の記載中にある「リパーゼ」は「Raリパーゼ」を意味するものであるとし、本願発明が採用した酵素は「Raリパーゼ」に限定されるものであると解した。
この判断は特許出願に係る発明の進歩性の要件の有無を審理する前提としてされるべき発明の要旨認定に関する法令の解釈適用を誤った違法があるというべきであり、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
よって高裁の判決は誤りであって破棄を免れず、本件を高裁に差し戻す、という結論でした。

技術的範囲との関係
この判決と似た、「特許請求の範囲」の記載と「発明の詳細な説明」の記載との関係が、特許法70条にあります。
(特許法70条1項)
特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。

この70条は、このリパーゼ事件で扱ったような審査の段階の問題ではありません。
そうではなく、特許権侵害が争われた場合の、技術的範囲の認定方法に関する条文です。
そして70条では、特許請求の範囲の記載に「基づいて」と規定してあるように、特許請求の範囲の記載を根拠にする、基盤とするという意味であって、詳細な説明の記載を参酌できない、という意味ではありません。
したがってそれまでも多数の判決で、詳細な説明を参酌した解釈がなされていました。

それなのに、リパーゼ事件の判決のあとでは、ひょっとすると権利侵害の場面でも同様の判断、すなわち特許請求の範囲の記載だけで判断されるのか、という疑念が生じました。

そこで平成6年の改正において、権利侵害の判断の段階では過去の判例の積み重ね通り、「発明の詳細な説明」から技術的範囲を判断できることを確認する、特許法70条2項が次のように新設されたのでした。
前項の場合において、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。
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