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著作権



著作権


ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー 事件

(最判昭和53年9月7日)

争いの概要
昭和8年、ハリー・ウォーレンという作曲家が「The Boulevard of Dreams」(「夢破れし並木道」以下「夢破れし」)という曲を作曲していました。
一方、私はあまり知らないのですが、昭和歌謡史上の名曲と言われる「赤坂の夜は更けて」の作曲者である鈴木道明さんが「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」(以下「レイニーナイト」)を作曲しました。昭和38年です。
の鈴木さんのレイニーナイトが、ウオーレンさんの「夢破れし」にそっくりだ! 盗作だ! と言われて10年以上争われ、昭和53年に最高裁の判決が出ました。
その経過をご報告します。

「逆さ富士」を写そう
ここで著作権の特殊性について、私の経験から説明しておきます。
ある冬の晴れた日に、忍野八海(おしのはっかい)を訪ねました。
山梨県の忍野村に点在する八か所の湧水池を名づけた、観光地です。
そこで田んぼの間の細い畦道を歩いていると、カシャカシャカシャと小さい機械音が絶え間なく聞こえてくるのです。
なにかな?と思ってよく見ると、10人以上のカメラマンが、1本の畦道にズラーと三脚を並べて撮影中でした。
なぜ一列に並んで?
実はその前面に残雪を頂く富士山がそびえ、それが田んぼの水面に逆さ富士としてくっきりと写っていました。周囲の梅ノ木や古びた遠い農家も影を落として、他の場所では得難い撮影ポイントなのですね。

もちろん、その映像が引き立つ日光の方向、すなわち撮影の時間も重要でしょう。
するとあるシーズンのある時刻には、多数のカメラマンが押し寄せます。
一人が抜け駆けして前へ出ると、彼のお尻が写ってしまってとても絵になりません。
そこで無言の協定があるのか、お互いに邪魔をしないように三脚を横一列に並べて肩を寄せ合って傑作を狙っているのでした。

まったく同一でも
これからが著作権の論点に入ります。
肩が接するような二人の写真作品を比べてみたどうでしょう。肉眼ではまったく同一の映像でしょう。
ではこんなにそっくりだったら、1分でも先に撮影した「既存の著作物」の著作権の侵害でしょうか?
そんなはずはないですよね。もしあなたが忍野村へ行って逆さ富士を撮影した、ところが著作権の侵害で訴えられた。そうしたら自信を持って反論するでしょう。
「冗談じゃない!自分で撮ったんだもん!」と。
そうなのです。著作権の侵害は結果物の同一性の問題ではなく、既存の作品と自分の作品との関係で成立するのです。
既存の他人の著作物を利用して作品を作出すること、これが「依拠性」ですが、この依拠性の有無が決め手になります。
あなたの作品「冬の逆さ富士」が、他人の写真のコピーしたものでないかぎり、まったく同一でも著作権の侵害を問われないこと、これは忍野村の例から考えれば、当然と言えますね。
しかし、この点があいまいな場合が多いのです。

依拠性
前記したように、著作権侵害が成立するためには、既存の他人の著作物を利用して自分の作品を作出すること、これを「依拠性」といいます。
依拠性がなければ、忍野村の例のように作品がまった同一であっても、それが独自で作出したものなら、侵害にならない点を最高裁では次のように表現しています。

著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再生することをいうと解すべきである。
だから、既存の著作物と同一性のある作品が作成されても、それが既存の著作物に依拠して再製されたものでないときは、その複製をしたことにはあたらない。著作権侵害の問題を生ずる余地はない。


すると、たまたま既存の著作物と同一性のある作品を作成してしまった者は、どんな責任が?

既存の著作物に接する機会がなく、従って、その存在、内容を知らなかつた者は、これを知らなかつたことにつき過失があると否とにかかわらず、既存の著作物に依拠した作品を再製するに由ないものである。
だから、既存の著作物と同一性のある作品を作成しても、これにより著作権侵害の責に任じなければならないものではない。

そうなのです。
たとえ既存の著作物とまったく同一の作品を作成しても、既存の著作物に接する機会がなく、その存在、内容を知らなかった者は、「依拠して再製した」と言えない。だから著作権侵害の責めに任じる必要はないのです。

どこまでが依拠か?
この「依拠性」が決め手ということが分かったとして、ではどんな程度までを「依拠」と言えるのか?この判決文でみてみましょう。

  1. 「夢破れし」が知られていたか?
    ハリー・ウォーレンの作曲した「夢破れし」は、ウオーレン側によれば、昭和8年当時の米国でヒットしただけでなく、戦後の進駐軍の施設でもスタンダードナンバーとして繰り返し演奏され、レコード、ラジオ、テレビを通してわが国の音楽家のみならず、一般大衆にも広く知れ渡るに至った、とのことです。

    しかし被告のレイニーナイト側は反論しました。
    確かにその曲は昭和9年ころ、わが国で公開された映画「ムーランルージュ」の主題歌だった。
    しかしまったくヒットしなかったじゃないか。
    レコードにしたって昭和35年から作曲時の38年まで1万4千枚が売れたに過ぎないじゃないか、と。

    両者の主張を検討して裁判所では次のように判断しました。
    わが国では「夢破れし」は、レイニーナイトが作曲された昭和38年当時、音楽の専門家又は愛好家の一部に知られていただけで、音楽の専門家又は愛好家であれば誰でもこれを知っていたほど著名ではなかった、と。

  2. 接する機会はあったか?
    当時レイニーナイトの作曲者、鈴木氏は東京放送の社員でもありました。
    会社で彼は、内外のレコード、楽譜の厖大な量のコレクシヨンに接し、特に昭和27年ころはレコード係を勤め、昭和38年の作曲の当時は演出部長として音楽番組を含むテレビ番組の企画製作についての責任を負い、かつその間、流行歌の作詞作曲に従事していた者、だったのです。
    この立場であれば、一般人と比べると相当多くの曲に接する機会はあったと考えられそうです。
    しかし裁判所はそうは判断しませんでした。
    ではどう判断したか。

    夢破れし」のハリー・ウォーレン側から、鈴木氏の担当した番組で「夢破れし」を使用した、などの特段の事情の主張や立証がない。そうだとすると、鈴木氏の地位や経歴だけから、ただちに作曲当時、「夢破れし」の存在を知っていたと推認することはできない、すなわちレイニーナイトを作曲した当時、「夢破れし」の存在を知っていたとしなければならないような特段の事情はない。

  3. 両者の相違の程度は?
    更に両方の曲を比べて次のように判断しました。
    まず流行歌としての共通性です。

    「夢破れし」とレイニーナイトとを対比すると、動機を構成する旋律において類似する部分がある。
    しかし、その類似する部分の旋律は、「夢破れし」やレイニーナイトを含むいわゆる流行歌においてよく用いられている音型に属し、偶然類似のものがあらわれる可能性が少なくない。

    次に類似性です。
    そのうえ、レイニーナイトには「夢破れし」にみられない旋律が含まれているから、「夢破れし」を知らなければレイニーナイトが作成できない程度に類似しているとは言えない。
    その事実によれば、レイニーナイトの作曲者は、その作曲の前に「夢破れし」に接していたことは勿論、「夢破れし」に接する機会があつたことも推認し難い。

結論
以上にように、
(1)既存の他人の著作物である「夢破れし」は、レイニーナイトの著作時にわが国で誰もが知っていたものでとはいえない。
(2)レイニーナイトの作曲者の地位や経歴だけから直ちに存在を知っていたと推認することはできない。
(3)「夢破れし」を知っていなければレイニーナイトが作曲できなかった程度に類似しているともいえない、と認定しました。

その認定から判断して、昭和38年作曲のレイニーナイトが、昭和8年作曲の「夢破れし」の複製物と断ずることはできない、そして複製物でないなら、レイニーナイトが「夢破れし」を複製してその著作権を侵害したということはできない、という結論でした。

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