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入れ墨に著作権が?
「入れ墨著作権事件」 「合格!行政書士 南無刺青観世音」事件

東京地判平成23年7月29日 平成21年(ワ)第31755号

入れ墨が争いに
紙や布の上に描いた絵画の複製権とか著作者人格権なら分かりますが、人体に描いた入れ墨が争われた事件です。

この事件の被告の一人は、自分の肌に描かれた入れ墨を自著の表紙に写真として使ったのですが、その自著のタイトルが「合格!行政書士」、そして「南無入れ墨観世音」というのだからすごい。
入れ墨を入れるような紆余曲折のある人生を歩んだ後に、行政書士に合格された方なのです。
本書を読んで励まされた受験生の書評もありました。

表紙の入れ墨は
表紙の半分以上を占めていやでも目を引く入れ墨は、著者の太ももに彫ったもので、国宝の「十一面観音立像」のお顔を基にしたデザインだそうです。
ただし表紙の写真はご自身の太ももの入れ墨の図柄そのものではなく、これも問題になるのですが、多少の手を加えてあります。
白黒を反転して、かつセピア色に着色したものでした。

この入れ墨の著作物性
この争いは、彫り師(原告)が、著作者である行政書士の先生と出版社を被告として訴えたもので、訴えの根拠は、公表権、氏名表示権、同一性保持権という「著作者人格権」の侵害でした。
そこでまず問題になったのが、この入れ墨の著作物性でした。
前記したようにこの入れ墨の場合にはモデルがありました。
向源寺の国宝「十一面観音立像」のお顔でした。
この入れ墨が、その仏像のお顔の写真の単なる機械的な模写または単なる模倣にすぎない、としたら著作物性が否定される可能性もあり、被告はそのように主張しました。
では単なる模写、模倣に過ぎないか、あるいは彫り師の思想、感情が創作的に表現されていると評価できるか、原画と入れ墨を比べてみましょう。

原画と入れ墨の比較
今回の入れ墨の原画は左の十一面観音立像のお顔です。
右が表紙に使われた写真です。
ご本人の入れ墨そのものの写真ではなく、白黒を反転した状態でセピア色に加工してあります。

左:向源寺の十一面観音の頭部 右:表紙の「十一面観音」
裁判所は、機械的な模倣か否かを検討するに際して、彫り師による制作の過程を詳しく分析しました。
例えば次のように説明しています。

彫り師が「日本の仏像100選」の中から「向源寺観音堂の十一面観音立像」の写真を選んで、被告にすすめた。
彫り師が「これなんかどうでしょう」と言ったのですね。
被告は、写真の仏像の「上半身のみで顔だけ大きく入れてね」という構図や、「仏像が被告に背を向けることにならないように左向きに変えて下絵を作成してね」、と依頼しました。
彫り師は、被告の要望に応じて、眉、目などを穏やかな表情に変えて下絵を作ることを約束しました。「それで行きましょう」と。
彫り師は、仏像の写真を手元に置き、これを参考にして太さ0.5mmのシャープペンシルを使用して下絵を作成した。
実際の入れ墨では、延べ12時間以上、期間としても丸々2ヶ月かけて丁寧に制作していった。

このような制作の経過からどう判断したか?
モデルとした写真は、当然ながら仏像の色合いも実物そのままに表現されている平面的なもの、それに対して入れ墨の方は、人間の大腿部の丸味を利用した立体的な表現であり、色合いも人間の肌の色を基調としながら墨の濃淡で独特の立体感が表現されている作品となっている、と認めました。
このように、写真と入れ墨との間には表現上の相違を見て取ることができ、そこには彫り師の思想、感情が創作的に表現されていると評価することができる。
したがって本件入れ墨について著作物性を肯定することができる、としました。
この入れ墨が、写真の機械的な模写や単なる模倣ではなく、著作物性を認めたのです。

公表権の侵害か?
上記のようにまず著作物性を認めたうえで、次に「公表権」について検討しました。
公表権とは、著作者人格権の一つで、まだ公表されていない自分の著作物について、それを公表するかしないかを決定できる権利です。
無断で公表されない権利と言えます。(著作権法第18条)。

原告はこの点を攻撃しました。私の著作物を、書籍の表紙の写真として勝手に公表したじゃないか、と。
ところが原告は、すでに雑誌に自分の作品を公表していたのでした。
裁判所は次のように判断しています。

原告は、被告の出版の前に、本件の入れ墨の写真を3種類の雑誌の各広告欄に掲載したことが認められる。
このように、原告がその著作物である本件入れ墨の複製物を被告らが公表する前に自ら公刊物に掲載して公表していた。
そうであれば本件入れ墨は「未公表の著作物」ということはできない。

よって被告らが表紙の写真に掲載した行為は、原告の有する本件入れ墨の公表権を侵害するものということはできない、という結論でした。

氏名表示権の侵害か?
次に原告は、被告の写真には創作者である私の氏名が表示されていないじゃないか、と攻撃しました。「氏名表示権」(第19条第1項)の侵害です。
確かに被告の書籍の表紙には、彫り師である原告の氏名は記載されていません。
その点、一般人は入れ墨に接する機会がないから、入れ墨の場合も絵画のように作品ごとに著作者の氏名を表示するのが慣行なのか、判断が付きかねますが、裁判所は次のように判断しました。

本件書籍において、本件入れ墨は、表紙カバー及び扉という書籍中で最も目立つ部分において利用されていること、本件表紙カバー及び本件扉は、いずれも本件入れ墨そのものをほぼ全面的に掲載するとともに、「合格!行政書士 南無入れ墨観世音」というタイトルと相まって殊更に本件入れ墨を強調した体裁となっている。
それからすれば、読者の本件書籍に対する興味や関心を高める目的でこの入れ墨を利用しているものと認められる。
このように入れ墨を中心テーマとして扱った利用の目的及び態様から見ると、原告が本件入れ墨の創作者であることを主張する利益を害するおそれがないとは言えない。

またこの背景には、原告が本件画像の基となる写真を被告に無償で譲渡していたようです。
被告はその事実を根拠に、原告は被告にこの入れ墨の利用を認めていたではないか、と反論しました。
しかし裁判所は、それだけで原告が本件入れ墨の利用を許諾していたものと認めることはできない、と判断しました。

また被告は、書籍中に入れ墨の写真を掲載するに際し、著作者名の省略が公正な慣行になっている、と反論していました。
先ほど指摘したように、絵画のように入れ墨ごとに著作者の氏名を表示することがこの世界の慣行なのか?ということです。

ところがこの事件では、この書籍の発行前にすでに発表した雑誌の入れ墨写真では、彫り物師である原告の屋号が記載してあったのです。
したがって、この書籍の場合が、「著作者名の表示を省略することができる場合」(著作権法19条3項)に該当すると認めることはできない、と判断しました。

同一性保持権侵害か?
原告はさらに被告の書籍への掲載が、「同一性保持権」の侵害である、と主張しました。
ここで「同一性保持権」とは、著作物は著作者の意に反して変更、切除などの改変を受けない」という権利です。(20条)
これは著作物が無断で改変される結果、著作者の意に沿わない表現が施されることによる精神的苦痛から救済するため、このような制度が設けられているとされています。
本件で問題になったのは、実際の入れ墨を、書籍の表紙の写真にする際の、変更、切除などです。
被告らは、本件画像は原告から無償譲渡された写真によるものであり、原告は当該写真の利用方法につき何らの制約も加えるところがなかった。
だから無償譲渡された写真を本件書籍に掲載する際にネガとポジを反転しモノクロ化したことは原告の許容した利用範囲にとどまり、原告の同一性保持権を侵害するものではないと反論しました。
裁判所は、まずその変更点について次のように指摘しています。

本件入れ墨と本件画像とを対比すると、本件画像は、陰影が反転し、セピア色の単色に変更されている。
そして、被告らは、原告に無断で、原告の著作物である本件入れ墨に上記の変更を加えて本件画像を作成し、これを本件書籍に掲載したものであり、このような変更は著作者である原告の意に反する改変であると認められ、原告が本件入れ墨について有する同一性保持権を侵害するものである。
原告が写真を譲渡したからといって、それだけで原告が上記のような改変を許容していたとは認められない。

結論
こうして彫り師の著作者人格権侵害が認められた結果、被告らは共同不法行為責任を負うことになりました。
その結果、精神的慰謝料計40万円と弁護士費用相当額計8万円の合計48万円の損害賠償金の支払いを命じられたのでした。

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